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優勝
ゲンマは、ゴミが積まれた部屋の隅にあるゲーミングチェアに座って前傾姿勢になり、六台あるパソコンのモニターのうちの一つを、瞬きもしないで見守っていた。
「『アイドル選手権2024年夏季大会』の優勝者は、アゲルディちゃんです!」
眩しい位の黄色いスーツを着たお笑い芸人、この大会の司会者である彼が叫ぶと、会場にはワッと歓声と拍手が湧き起こった。
アゲルディは、橙色のロングヘアをした少女だ。今日の衣装は、シュークリームをイメージしたという、ベージュを基調とした中に白いフリルがふんだんにあしらわれた一着だった。胸元が半分くらい開いて、動くと零れ落ちそうだった。
アゲルディは、トロフィーを抱えた黄色いスーツのお笑い芸人が寄って来ると、大粒のスフェーンのような美しい瞳の表面に涙の膜を張って、直ぐに其処から、ぼろぼろと涙を落とした。
会場が少し、重苦しい雰囲気になる。お笑い芸人が、アゲルディの横で、笑いを取ることもできず、静かに告げた。
「賞レースの途中で、ライバルのエレンちゃんが亡くなってしまって……悲しかったね。アゲルディちゃん」
アゲルディは、嗚咽する口元を両手で覆い隠しながら、肩を震わせた。
エレンとは、「アイドル選手権2024年夏季大会」で、アゲルディと優勝を競っていた少女だ。黒髪の美人で、下馬評では、エレンの方が僅差で優勝だろうとすら言われていた。
お笑い芸人は、言葉を振り絞って、笑みを作っていた。
「でも、今回の優勝は、アゲルディちゃんの実力だよ。間違いない!」
しかし、アゲルディは拳を固めて、首を左右に振る。
「私は、優勝なんかより、エレンちゃんの方が大切でした。ずっとお友達だったから」
会場が静まり返る。其処から、お笑い芸人が必死に取り繕って、アゲルディの機嫌を取り、何とかアゲルディはステージに上がった。
この大会の優勝者は、ソロ曲を発売する権利を得るのだ。お笑い芸人が、手を大きく広げて元気いっぱいのふりをして、タイトルコールをする。
「それでは、優勝者のアゲルディちゃんで、『届けたいメッセージ』です!どうぞ!」
「君に届けたい My message
心の奥から Shining bright
どんな時も I’ll be there
信じてるよ Forever and ever
君の笑顔が My delight
一緒にいようよ Day and night……」
大きなお尻と胸と髪を留めている赤いリボンを、ぷりぷりと揺らして、アゲルディは泣きながら笑って歌っていた。ゲンマはそれを観て、大きなため息を吐き、頬杖を突き直した。
「……アゲルディちゃんも、ずっと推して来たけど、有名になっちゃったなぁ」
ゲンマはひきこもりである。金はいくらでもある。偽札づくりのプロだからだ。アゲルディにはかなり貢いだが、余りにも売れてしまうのは、オタクとして微妙な心理であった。
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