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或る男の語り
「……佐藤? 佐藤くんじゃないか、久し振りだね。尋常小学校以来かい。まさかこんなところで君に会えるなんて。
是非君に聞いてほしい話があるんだ。
僕はね、雪女に会ったんだよ。
二年前の冬、僕は雷鳥の調査をするためにN県の山に登ったのさ。
雪女の話はそこの茶店のご老人から伺ってね。
なんでも吹雪の日に男の前に現れ、命を奪う妖なんだと。
ご老人は山の恐ろしさを伝えたいようだったが、その時の僕の頭には雷鳥のことしかなくてね。
意気揚々と登山したのは良いが、急な天気の変化で吹雪始め、予定外の山小屋へ避難することになったんだ。
吹雪はひどくなる一方なのに、打ち捨てられた山小屋のようで、火を起こすにも薪の一本もなかった。
夜中に寝袋の中で震えていると、扉の開いた音がした。
そちらに目をやると、いたんだよ。
白い着物に身を包み、こちらへ妖しげに笑いかける女性が。
年の頃は十八・九、雪のように白い肌の美しい容貌だったが、開け放した扉の先は猛吹雪、平然とした顔で歩み寄ってくる彼女が普通の人間であるはずがない。
僕の顔に触れた手は氷のように冷たかったが、振り払う気力も残っていなかった。
『おにいさん、きれいな顔してるのね。母様は殺してきなさいって云ってたけれど……助けてほしい?』
そう尋ねる彼女に僕は命乞いをした。死にたくない。助けてくれるなら何でもすると。
『じゃあ今は殺さないでいてあげる。その代わり私のことは誰にも云っちゃだめだよ。もし誰かに云ったら、その時こそ必ず殺しに行くから』
絶対誰にも云わない、約束する、そう答えた後の記憶はない。
次に目が覚めたとき僕は病院の寝台の上だった。
救助隊が見つけてくれて助けられたのだ。
勿論僕は雪女のことを誰かに云ったりはしなかった」
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