リリィへの贈り物

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 不思議なおじさんが去ってから、リリィの暮らしは格段によくなりました。修理を施された小屋は雨漏りしなくなり、雑草の除かれた庭は小さな畑になりました。  いくつもの季節が流れ、リリィの背丈は少しずつ高くなっていきます。子供から少女へと成長を遂げようとするリリィのそばには、姿の変わらないナミがいました。  リリィが十歳を迎える夏。その年は雨の量が少なく、村の畑も不作状態が続き、村人たちはおおいに嘆きました。  食物が足りないのは村人たちだけではありませんでした。やがて、村の山に住むオオカミたちが村の畑を荒らすようになり、さらには村人たちの家に侵入するようになったのです。 「リリィ、気を付けて」  ナミが言いました。 「オオカミたちがお腹を空かせているんだわ」  ナミの警告は強いまなざしに表れていました。  それからも雨の降らない日々が続きました。リリィは川から運んだ水を畑に与えました。一人でも多くの村人に食料が行き渡るように、丁寧に作物を育てました。  それは、乾いた土が風に舞い上がっていた日のでした。少ない作物を市場に売りに行っていたリリィは、帰宅した小屋の前で立ち止まりました。閉めたはずのドアが壊されていたのです。  ナミ! 喉の奥が冷たく震えました。  手に持っていた荷物が地面に落ちたのも構わず、リリィは小屋へと駆けました。市場に出かける時だけは、ナミは留守番をしていたのです。  嫌な予感が的中しました。ナミの姿はどこにも見当たりません。リリィは必死に探しました。台所にも、ベッドの中にも、クローゼットの中にも、ナミはいません。  オオカミに攫われたのかもしれない。リリィは、小屋の外へと駆け出しました。  西日に照らされた村の姿は、リリィが過ごしてきたなかでいちばん枯れ果てたものでした。 「今日も雨が降らなかったな」 「どうやら、村の魔法師が死んだらしいぞ」 「そのせいで、雨が降らないんじゃないのか」  ――魔法師。  ひとつの単語が耳をかすめ、リリィは足を止めました。馴染みのないはずなのに、どこか温かく懐かしいのはなぜでしょうか。近くで畑仕事をしている村人が、ぎょっとした顔でリリィを見ます。 「な、なんだい、おまえ……」 「そういえば、こいつも魔法師と同じような赤髪じゃねえか」 「気味が悪い。せめて魔法師のように雨を降らしてくれたらいいものを」  頭に巻いていたタオルで汗を拭った村人たちは、逃げるようにリリィの近くから去っていきました。  生ぬるい風が辺り一帯を吹き抜け、視界の端を黒いものが横切っていきました。オオカミです。西日を浴びたオオカミはリリィを一目見てから、クゥゥン、と弱いうめき声を漏らしながら離れていきました。  助かった。そう思ったのもつかの間、オオカミのいた場所に見えたものはーー。 「ナミ!」  リリィは畑の中を駆け抜け、丘に向かって走りました。足が土で泥だらけになっても、草や枝で傷ついても構いません。無我夢中で走りました。 「ナミ……」  華やかな赤色のワンピースは無残に千切られ、リボンで飾られていたブロンドヘアはボロボロです。何より、いつもリリィを見つめてくれた瞳は宙を泳ぎ、もはや言葉も通じません。  リリィはナミを抱きしめ、叫びました。これまで声を発さなかったリリィが、空を仰ぐように、消えゆく魂と共鳴するように、慟哭を轟かせるように、泣き叫びました。  リリィの声は、空の色を塗り変えました。西日で照らされていたオレンジ色はあっという間に灰色になります。爽やかに泳いでいた風は、生ぬるさを持って地面へと沈んでいきました。やがて、ゴロゴロと地響きのような音が鳴り響き、地上を刺すような稲妻があちこちで光り始めました。  どこから湧いたのか、村人たちが歓声をあげはじめました。 「雨だ……」 「雨が降っているぞ!」  稲光する空からは、滝のような雨水が落ちてきました。声を出し尽くしたリリィは、呆然と空を見上げます。深く息を吸い込んだ途端、雷に打たれたような衝撃が身体を襲い、リリィは濡れた地面へと倒れてしまいました。
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