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黒いマントがひらひらと揺れています。あれは、魔法師です。
――リリィ
生きていた頃のママが、幼いリリィに微笑みます。
――あなたはどんどんパパに似てきて、嬉しいわ
ママは、村人たちと同じ、艶やかな黒髪を持った美しい人でした。それでも、ママはリリィの赤髪を褒めてくれました。
――リリィ、先に逝くママを許して
泣きぐずるリリィの頭に乗った手は、最後の温もりでした。
――いつか、きっとパパが迎えに来てくれるわ
それからリリィの声は失われました。ナミが贈られてくるまでは。
ナミの声が聴こえます。
「リリィ」
抱きしめた腕の中で、ナミが微笑みます。ボロボロの姿で、それでもリリィを見つめます。
「リリィは立派な魔法師になるのよ」
ナミという存在は、ママでした。リリィ自身でした。リリィの願った世界でした。
降り続けている雨音は、いつの間にか穏やかなものになっていました。これで村は救われるのでしょうか。リリィを必要としない村を、村人たちを、リリィは嫌いにはなれませんでした。
「リリィは、村に雨を届けてくれたのね……」
そうつぶやいたナミは、ゆっくりと瞳を閉じました。あの頃のママと同じように。
リリィはゆっくりと顔を上げました。雨を降らす空にかかった雲の隙間から見える星。まるでパパのようだと思いました。
三年前、突然やって来た黒いマントを羽織ったおじさん。
「魔法師さん」
リリィは星に呼びかけました。
「ナミを届けてくれたのは、パパだったのね」
星は光を伝って、リリィの頬を濡らしました。黙り込んだナミを抱きかかえたまま、リリィはゆっくりと立ち上がります。泥だらけの足で、それでも前に進むのです。
贈られた愛を、命を、生きる術を、村人たちに分け与えるために。
Fin.
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