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夫婦経営のこぢんまりとした花屋には、開店前の準備をする音しかしない。
おじさんの農園では、花同士で他愛無い話をいつもしていたから、ここは静かすぎるわ。
大体の花は話好きなのにね。
まあ、仕方ないことだけど。
どうしてかっていうと、切花になったら、体力温存のためには黙った方がいいの。
誰に教わったわけでも無い。
これはもう本能で知ってるのよ。
栄養剤に浸かっていても、根っこをなくした私たちは移動の術をもたない野生動物みたいなもの。
手に届くエサを食べつくしたら、死ぬしか無いものね。
とにかく、美しい状態を保つには沈黙が一番なのだけど……思った以上に退屈だわ!
ヒマで枯れそうな私を慰める歌声が聞こえてきたは、それからすぐのことよ。
誰だろうと声の主を探したら、店の入り口に咲く黄色い花だった。
三本伸びた茎のうち、二本はしなびて地面に寝ている。
枯れた花びらが見当たらないから、綿毛になって飛んでいくタイプの花ね。
残りの一本はずいぶんと背が低くて、ほかの二本より成長が遅かったのが分かる。
ともかく、その一本が満開の花をゆらしながらご機嫌に歌っているの。
私と同じ時期に咲く春の花について、おじさんが話してくれたこともあったっけ。
あれはたしか――
「ねぇ、あなたタンポポ?」
ひゃっ、と小さな叫び声がして、歌声がやんでしまう。
「こっちよ。私はマーガレット。あなたみたいな野花と話すのは初めてだわ」
「……ビックリしたぁ。初めて話しかけられた。そうだよ、わたしはタンポポ。マーガレットの花びら、白がキレイでステキね」
「ありがと。タンポポは、その……」
「無理に褒めなくていいよ」
そう、タンポポは不恰好だった。
細くて短い茎、花びらの一部は痛んでいる。
野花でなかったら、とっくに捨てられていたでしょうね。
私は農家で手厚く育てられてよかったわ、と内心ホッとした。
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