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男の子
ドタドタと騒がしい足音がして、花桶が細かく振動するから驚いた。
犯人は花屋夫婦の息子さん。
ランドセルを背負っているのは朝と同じだけど、その表情は朝とは違ってとても険しい。
「父さん、ちょっと」
息子さんが、足音の大きさからは信じられないくらい小声で、店主さんに話しかけたの。
店主さんは首を傾げつつも腰をかがめて、「どうした?」と優しく尋ねたわ。
「俺さ、好きな子に告白されたのに逃げちゃった。……どうしよう」
「へぇ! 告白!?」
「声がデカいよ。母さんに聞こえるだろ」
おっと、と店主さんは口に手を当てた。奥さんが聞いていないか周囲を確認すると、男の子に負けないくらい小さな声で話しかけたの。
「ははあ……逃げたということは、きちんと返事がしたいんだね?」
「うん……でもまた逃げそう。緊張してヤバい」
「相手の子も同じだよ。とても緊張しただろうね。二度も逃げたらきっと深く傷つけてしまうよ。どうしたら面と向かって返事ができるか、考えなさい」
正論ね。
しばらく男の子はあーとかうーんと唸っていたけれど、いい考えは浮かばないみたいだった。
店主さんはニコリと笑ってから、男の子の肩をつかんで、私たちが並ぶ花桶の方を向かせたの。
「見繕ってあげるから、一本持っていきなさい」
「ええー恥ずいよ」
「だからいいんだよ。花を持ち歩く理由を話す必要が出てくるからね」
「…………」
納得したのか、それとも観念したのか、男の子が花桶をひとつずつ見て回り始めた。
私を選んで欲しい!
とにかく外へ出たいわ。タンポポを探したいもの。
それにもしかして男の子に告白した相手って――そう考えると、余計に選んで欲しかった。
「これにする」
ふわりと体が浮いたと思えば、男の子の小さな手に掴まれていた。
「マーガレットか、いいね」
「花びらが多い花が欲しいって言ってたから」
やっぱり、相手はさっきの女の子じゃないかしら。
花占いにされるのはごめんだけど、贅沢は言ってられないわね。
店主さんは茎を少し短くしたあと、透明なセロファンと黄色のリボンで私を包んでくれた。
「やば、バスの時間だ。乗ったらもう今日は会えないんだ」
「ん? ほかの人もいるところで告白の返事をするのかい?」
「違う違うスイミングのバス! ちょうど一人しか乗らないんだって。渡してくる!」
まくしたてるように説明してから、男の子は私を片手に飛び出した。
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