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一本の花
走る男の子に付き合って向かった先は、大通りの交差点から一本入った細い裏道。
そこに女の子はいた。
やっぱり!
タンポポを摘んだ子だわ。
淡い水色から紺色へのグラデーションが目を引くビニールバッグを肩に下げ、ぼうっと空を眺めている。
バスが来ても気づかないんじゃないかしらと心配になってしまうわよ。
全速力だった男の子の歩みがゆっくりになり、ほっと息をはいた。
よかったわねぇ。
まだバスが来る気配はなくて、周囲に歩く人もいないなんてラッキーじゃない。
今しかないわ。
男の子は、もうあと数歩で女の子に並ぶ、というくらい近づいてから止まった。
「……あのさ」
声をかける直前、私を背中に隠して――でも残念。ちゃんと隠せていないの。男の子の足の間から女の子が見えるってことは、あっちからも私が見えるわよね。
まあ、女の子も私を見つける余裕はなさそうだけれど。
うつろな目をしていたのが信じられない早さでこっちを向いた女の子は、わぁともきゃあとも聞こえる短く高い声で叫ぶと後ずさった。
一歩だけ距離を詰めてから、男の子の手に力が入る。
「あ、のさ……さっきはビックリして、その、」
じれったいわね!
一言俺も好きだよって言っちゃえばいいだけじゃないの。
ああ、私の叱咤激励が届けばいいのに!
そんな気持ちをくんでくれたのか、前ぶれなく強い風が吹いた。
私を包むセロファンがカシャカシャと音を出す。
するとね、女の子が私に気づいて、目を見開いたの!
「それ……マーガレット?」
「え、あ、そう。俺の、気持ち」
ああもう!
今はチャンスだったでしょ!
頭に血が昇るってこういう感じなのかしら。
花桶の中で吸った栄養剤がぜんぶ花芯に集まってる気がするわ。
はあ。
この小さな恋物語がなかなか着地しないせいで、ずいぶん体力を消耗してる気がする。
ここに来るまでもずいぶんと揺られたし。
まあいいわ。最後まで付き合うわよここまできたら。
男の子の背中から女の子の目の前へ、私の位置が変わる。
店主さんの言う通りだったわね。
私を見て目をぱちくりさせる女の子を見ていると、心からそう思う。
「私、マーガレットの花言葉は知らなくて……でも、悪い意味じゃないんだよね?」
「俺も花言葉は知らない。花びらが多くて目についたから」
え? 花屋の息子なのに私の花言葉知らないの!?
むしろ花言葉ありきで選ばれたかと思っていたのに!
もうもう! とまた発破をかけようとしたら、「けど」と男の子が口を開いた。
「本数の意味は知ってる」
「そうなの? 一本って?」
「…………運命の人って、意味。……だから、俺もす、すきだよ」
本数の意味は知らないわ、なんてのん気に構えていたら、一気に勝負が決まりかけていた。
ちゃんと言えたじゃない!
やればできる子なのね!
……でもね、私を握る力がちょっと強いわ!
立ちつくす女の子は、私と男の子を交互に見ている。
受け取って!
彼の気持ちごと、私を受け取ってよ!
祈りをこめて叫んでいると、女の子の細くやわらかい指が私をそっとつかんだ。
……やったわ!
女の子の胸に抱かれたところで、やっと男の子の表情がわかる。
……真っ赤っかだった。薔薇もびっくりよ。
でも、だからかしら?
女の子の高くなっていた肩や眉毛が下がって、表情や雰囲気がやわらかくなっていた。
さっきタンポポを見つけた時と同じキラキラのお目目で私を見つめてくるのも、いい気分ね。
ヒヤヒヤさせられたけど、ちゃんと丸く収まって安心したわ。
私の理想としてはもう少し甘さが欲しいけれど、お子様同士だしこんなものかしら。
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