越(えつ)

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 水槽の前に立ち尽くしていた一人の客が、 「相変わらず、見事なレイアウトだねえ・・。」 と、まるで舌を巻くように頷いた。 「これ、キミが作ったの?。」 「いえ、店長がレイアウトしたんです。」 瑛(てる)は客の横に並びながら、そう説明した。 「でも、キミもこの店、結構長いから、ぼちぼちこんなレイアウトも出来るんじゃ無い?。」 「いえ、ボクなんかまだまだ・・。」 馴染みの客は、瑛が此処で働き出した頃を知っていた。魚が好きで、毎日熱心に水槽の世話をする様子も、その客は見ていた。 「そっか。ま、店長、ベテランだからな。」 そういうと、客は瑛に魚の餌を注文して、代金を支払って、それを受け取った。 「ま、気長に頑張りなよ。」 「はい。」 客は瑛にそう声をかけると、店を後にした。  瑛がこの店にやって来たのは、一年ほど前のことである。 「わあ、綺礼だな・・、此処の水槽。」 店先を通りかかった瑛は、店内からまるで光でも放たれているような光景に、思わず足を止めた。魚を飼うことが好きで、自分の部屋にも水槽を置き、水草を植えたり、河原で拾ってきた流木や石を配置して、自作のレイアウトを楽しんでいた。そんな彼が、ちょっと用事でこの街に訪れたとき、この店を目にして、まるでハートを射抜かれたように、見事にレイアウトされた水槽に釘付けになったのだった。 「水草の葉、一枚一枚が光を求めて広がってる。魚も、生き生きとしながら泳いでる・・。凄い・・。」 自分でもレイアウトをするし、家の近所にあるホームセンターでも色んなレイアウトを見てきた瑛だったが、こんなに見事な仕上がりの水槽は、今まで一度も見た事がなかった。自分が熱心やっているだけに、今目の前にある水槽のレベルが、如何に凄いものかを、瑛は思い知らされた気分だった。そして、 「あの、すいません。」 瑛は店内に入ると、店長らしき人物に声をかけた。 「いらっしゃい。」 易しそうな掠れ声でにこやかな店主が奥から現れると、瑛に挨拶した。 「すみません。突然ですけど、此処って、アルバイトとか募集してますか?。」 瑛は兎に角、この店で働きたい一心で、店主にそう伝えた。しかし、 「うーん、昔はブームもあったから、人を雇ったこともあったけど、今は見ての通り、私独りで回してるからね・・。」 確かに、平日の午後だと、さほど忙しくも無さそうだったし、急に無理な願いで自身を雇ってもらおうというのは、流石に気が引けた。それでも、 「すいません。でも、ボク、此処の水槽に、何かもの凄く惹かれて。だから、無理を承知でお願いします。此処で働かせてもらえませんか?。」 自身が客として此処へ通いながら、店主から少しずつ話を聞くという手段もあった。しかし、瑛の気持ちは、それでは済まなかった。いや、此処の水槽のレイアウトが、どうしても彼をそのような気持ちにさせてしまったのだった。店主は顎髭を撫でながら、少し考えているようだった。そして、 「そうだな・・、週末は結構お客さんが来るから、じゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかな。」 「あ、有り難う御座います!。」 ダメ元で申し出た瑛だったが、彼の気持ちに押されて、店主も自然と、そう答えた。仕事は明日からでいいと店主は伝えたが、 「あの、水槽、見せてもらっていいですか?。」 と、瑛は気が逸っていた。少しでも仕事を覚えたい、いや、水槽がこんなに見事な秘密を少しでも知りたいと、そういう気持ちで言ったのだった。 「ああ、ゆっくり見ていくといいよ。」 店主はにこやかにそう伝えると、再び奥へと引っ込んだ。瑛は店頭にあった大きなレイアウト水槽の所に戻ると、再びそれを眺めた。何処をどう見ても、全く隙の無い状態だった。自分がこんな大きな水槽をレイアウトしたなら、妙にスペースが空いてしまったり、ちゃんと世話をしてるつもりでも、苔が生えてしまったりするだろうが、そういう部分が、此処の水槽には全く無かった。隣汚水槽も、そして、その隣の水槽も、全てが完璧な仕上がりだった。まるで此処で生まれて繁ること、泳ぐことが、その水槽内の生き物たちにとっては運命であるかのような、そんな必然性が漂う状態だった。最初、玄関付近の水槽を目の当たりにしたときは、その見事さに圧倒され、そして、自身の技術の至らなさに愕然とした。しかし今、一通り店内の水槽を見終えた瑛は、何とも表現しがたい恍惚感に満たされていた。そして、溜息混じりに、 「見事・・だなあ。ボクも、こんな風にレイアウトが出来るかな・・。」 と、格の違いを見せつけられた瑛ではあったが、 「いや、なるんだ!。こんなレイアウトが出来るように。」 と、自身の決意を伝えて雇ってもらえるようになったのだから、是非ともにスキルアップをせねばと、あらためてそう思った。  瑛はいつも、店の開店時間の一時間前には来ていた。そして、 「こんにちわ。」 と店長に挨拶をすると、シャッターの鍵を借りて店を開けると、開店の準備と店内の掃除に余念が無かった。それが終わると、 「うーん、やっぱ、此処かな・・。」 走独り言をいいながら、水草がやや茂った水草を見つけては、自分なりにトリミングをするのが日課だった。瑛は家にも自身の水槽を幾つか持っていた。丹念に水草を刈り込んだり、中にいる魚やエビの世話をしたりと、趣味に没頭する自分が嫌いでは無かった。この店の水槽に出会うまでは。そして、 「やっぱ、何かが足りない・・。」 そう思うと、今まで自分が地道を上げて取り組んできたことが、何か急に薄っぺらいものに感じたのだった。此処で働く前は、見よう見まねで自身の家にある水槽を手直ししてみたが、やはり付け焼き刃ではどうしようも無かった。そして今、その足りない何かを得ることの出来る環境に、瑛は身を置くことが出来た。これで上手くいくはず、そう思っていた。しかし、現実はそう甘く無かった。 「ほー。」 瑛がトリミングに没頭している間に、店長がそっと後ろから作業を見守っていた。 「あ、店長。」 瑛が振り返ると、店長は顎髭を撫でながら、トリミングを終えた水槽をじっと見つめていた。そして、 「其処と、其処。」 店長は水槽の両脇付近の二箇所を指差して、 「育ちが歪(いびつ)になるよ。」 そういうと、店の奥へと消えていった。瑛は自身の腕がまだまだなのは解っていたが、今回は満を持しての作業だったので、出来れば褒め言葉の一つでも欲しい所だった。 「うーん、何処がどう駄目なんだろう・・。」 そう呟きながら、店長から指摘された箇所をじっと眺めた。しかし、摘み具合も、周囲とのバランスも、特に遜色在るようには見えなかった。 「これ以上見ていても解らないな。次の水槽に移るか。」 瑛は仕方無く、他の水槽の作業に取り掛かった。それを終えると、今度は水換えをしたり、それを終えると、魚達に餌やりを始めた。店長は別の場所で書き物などの作業をしていたが、瑛が流れ作業で餌やりをしていると、 「あ。」 と声を上げながら歩み寄ってきた。 「その隣の水槽、そんなに餌をあげなくていいからね。」 店長は何も見ていないようで、実は瑛の餌やりを見ていたのだった。瑛は今餌をあげ終えた水槽と、隣のまだあげていない水槽を交互に見比べた。魚の種類は異なっていたが、どちらも同数の魚が入っていて、エサは同じでも構わないと、そう感じていた。そんな様子を察して、 「動きをよく見てごらん。」 と、店長は瑛に、魚の泳ぎ方を注意するよう促した。 「あ。何が右の水槽の方が、泳ぎが緩慢ですね。」 瑛は魚の様子が左右の水槽では違うことに気付いた。 「そう。何でだと思う?。」 店長は、瑛が気付いたことについて、その理由を尋ねた。 「あ、えーっと、それは・・。」 魚の動きが鈍くなるのは、何処か調子が悪いときか、怯えているとき、あるいは水温が低いときの、いずれかである。そのことは瑛も知っていたが、果たして目の前の水槽が、そのどれにあたるのかは、瞬時には判断出来なかった。 「ま、いい。少しだけ餌を与えて、食べたら続きをやってくれたらいいよ。」 そういうと、店長は再び奥へと戻って行った。瑛は店長に言われたとおり、右の水槽に少しだけ餌を落としてみた。すると、左の水槽とは異なり、魚はすぐにはエサを食べに来なかった。そして、しばらくしてから、ポツリポツリとエサを食べに上がってきた。しかし、中には全く食べない魚もいた。 「店長の言う通りだ。」 此処でもまた、瑛は自身の至らなさを痛感した。来た当初は、店長の餌やりを見ていて、自身のやり方よりも、寧ろダイナミックな与え方をしていると、そう感じた。そして、それを真似して、いつも家で与えていたよりは多い目の量を与えるようにしていたのだが、それもいつの間にか、お座なりな作業になっていた。 「生き物だから、その日その日によって、体調も違うんだ。」 瑛は、自身の観察眼の甘さを痛感した。 「勉強になるというか、学ばないといけないことは多いな・・。」 そう気持ちを切り替えながら、瑛は一つ一つの作業をより丁寧に行っていった。 「いらっしゃいませ。」 お客さんが来れば接客を、そして、レジを打ち終えると商品を手渡して、客を見送った。そんな風に、平日は開店時と閉店時意外は比較的のんびりと、そして週末は、来客の対応に追われながらあくせくと働いた。それから三日ほど経った頃、瑛はいつものように開店後、店の水槽を見て回った。すると、 「あ!。」 瑛は三日前に店長に指摘された水槽を見て驚いた。上手くトリミングを終えたはずの水槽は、両側の有茎草だけが伸びずに、背景が凹んだ状態になっていた。 「店長のいった通りだ。何でだろう・・。」 瑛は顔を水槽に近付けながら、歪に伸び悩んでいる水草の辺りをじっと見た。きっと剪定作業というのは奥が深くて、自分はまだまだ水草の丈を自在に揃えられる域に達してないのだろうと、そんな風にいい聞かせることは可能だった。しかし、瑛はそうはしなかった。  寡黙な店長ではあったが、聞けばちゃんと答えてくれるのは間違い無かった。勿体ぶる人手は無い。しかし、それでは瑛のプライドが許さなかった。 「何故だろう?。ハサミの入れた位置が悪かったのかな?。それとも、種類自体が他の水草と成長の度合いが異なってるのかな?。」 あれこれと頭の中でシミュレーションをしてみた。しかし、他の水草と丈が揃わない理由が見出せなかった。瑛が眉間に皺を寄せながら途方に暮れていると、 「どうした?。」 と、店長が声を掛けてきた。黙って項垂れる瑛を見かねて、 「あ、これか。はは。見事に歪になったな。」 店長は瑛の気持ちとは裏腹に、水槽を見ながら少し愉快そうに答えた。瑛は少しムッとして、 「どうして、どうしてこんな風になったんですか?。」 と、店長にたずねた。すると、 「じゃあ、逆に聞くけど、どうして丈が揃ってなきゃいけないの?。」 店長は不思議な問いを返した。 「え、だって、丈が揃ってた方が綺礼だし・・、」 瑛がそういいかけたとき、 「ははは。それはキミの思い込みだろ?。果たして、みんながみんな、そう思うかな?。」 店長の言葉を聞いて、瑛はハッとなった。言われてみればその通りだった。刈り込まれて幾何学的な直線美を作る必要など、何処にも無かった。瑛は他の水槽も見渡してみた。すると、どの水槽の水草も、アシンメトリーに配されていた。しかし、それでいて、どの水槽も、絶妙に不相称ながらも絶妙なバランスが保たれていた。 「自然にしてれば、普通は歪になるもんさ。それを楽しむのが、この趣味の面白い所さ。」 店長はそう言うと、瑛の肩を優しくポンと叩いて、奥へ消えていった。  そんなことが幾度となく続き、瑛の仕事に対する情熱は、半分は燃え盛りながらも、もう半分は、常に冷や水を浴びせられるような、そんな感覚に見舞われていた。いや、藻掻いていたといった方がいいだろう。楽しかったはずの趣味の世界が、いざ働く側になると、こんなに大変なものなのかと。まだまだ商売の何たるかなど、全く解らない。ただただ、日々、自身がメンテナンスする水槽が、思うように行かないことに対する苛立ちと、自身には能力が無いのでは無いかという不安で、正直、自身が一体どうしたいのか、あるいは、どうしたくないのかを見失っていた。そんな瑛を見かねて、 「瑛君、明日、空いてる?。」 店長が仕事終わりに声を掛けた。 「あ、はい。」 「じゃあ、明日、お昼過ぎに来てくれる?。ちょっと出かけようと思うんで。」 店長はそういうと、瑛と定休日に会う約束をした。何処へ行くのかは知らされてなかったが、瑛は正直、あまり乗り気では無かった。家に帰ると、瑛は水槽の世話をした。そして、以前ならメンテを終えた水槽を眺めながら癒やされていたのが、 「あーあ、何でこんなことになっちゃったんだろう・・。」 と、あれほど打ち込んでいた趣味に対して、テンションが上がらない自身が写っている水槽のガラス面を眺めていた。ちゃんと世話をされた水槽の中には、綺礼に育った水草も、機嫌良く泳ぐ魚達もちゃんといた。しかし、そんな様子など、今の瑛の目には入らなかった。  翌日、瑛は店に行った。 「こんにちわ。」 「よう。こんにちわ。お昼、食べたかい?。」 「はい。」 「じゃ、これ持って。」 店長は空のプラケースを手渡すと、二人で近所にある公園まで歩いていった。そこは、湧水で有名な、ちょっとした観光名所だった。瑛も子供の頃から此処の公園に綺麗な水が湧いていて、小魚が戯れているのは知っていた。二人は公園の入り口から奥へ進むと、程なくして湧水の湧くの池に着いた。瑛も久しぶりの魚の群れに、少し胸が躍った。 「相変わらず、綺礼な水だなあ・・。」 瑛がそう思っていると、 「瑛君、この奥、行ったことある?。」 と、店長は湧水の脇に立てられた鉄柵の向こうを指差した。 「あ、いえ・・。」 「そうかあ。昔はこんな柵なんか無くて、もっと奥も行けたんだけどな。」 店長はそういうと、ひょいと鉄柵を乗り越えて、向こう側に着地した。瑛は一瞬、ヒヤッとした。結構年配の店長が、そんなことして危なくは無いのか、そして何より、今は立ち入り禁止になっている場所へ、そんな風に入るのはダメなんじゃないかと、呆気に取られていた。 「どうした?、瑛君。おいでよ。面白いモンが見れるぞ。」 店長は柵の向こうから手招きした。瑛は仕方無く、プラケースを店長の方に投げ込むと、自分も柵を乗り越えた。二人は無意識に足音を忍ばせながら、湧水の池に流れ込む小川沿いに歩いていった。すると、 「わっ!。何、これ?。」 瑛は目の前に広がる光景に感嘆した。 「はは。どうだい。これが水草ってもんだよ!。」 店長も、少し上気した声で、どうだと言わんばかりに瑛に目の前の光景を自慢した。そこには湧水の池よりも少し小さな溜まり水があり、その中には、びっしりと水草が繁茂しながら、湧き水に揺られていた。そして、水面には小さな白い花が無数に咲き誇っていた。  何かの映像で見たことのある、湧き水に揺らぐ水草の光景。まさに幻想的だった。そんな光景が、今、現実の物として瑛の目の前に揺蕩っていた。 「あ、あ・・。」 言葉にならなかった。こんな美しいものは、見た事がなかった。圧巻だった。 「プラケースを水に浸けてみな。」 店長は言葉を失ってる瑛にいった。ハッと気がついた瑛は、手にしたプラケースの口を上に向けて、そっと水面から沈めた。すると、プラケースの側面にを通して、水中の光景が瑛の目に飛び込んできた。 「・・・もの凄い数の水草が揺らいでる。しかも、こんなに長いなんて。」 普段は水槽の水深程度の丈でしか見た事のない水草が、この湧水の中では、軽く数メートルは伸び、まるで競い合うようにその茎を、葉を、光を浴びながら白い砂地の上をはためかせていた。そんな光景が、何処までも透き通った水の向こうまで、無数に続いていた。 「な。凄いだろ。我々が水槽で再現する自然なんて、どんなに頑張っても、所詮、ミニチュアなのさ。それはそれで楽しめる。でもな、こんなのを水槽で再現しろって言われたって、無理に決まってる。スケールが違うのさ。でも、それでいいんだ。我々はただ、自然物に憧れ、そして、圧倒されながらも、部屋や水槽の中で、その一部を、ほんの僅かでも再現出来たらなと願う。だから、アクアリウムって、面白いんだ。」 店長はそう言うと、その場に腰を下ろして缶コーヒーを飲み出した。そして、 「ほれ。」 そういうと、瑛にも缶コーヒーを手渡した。 「あ、有り難う御座います。」 瑛はそれを受け取ったが、上着のポケットに仕舞うと、再びプラケースを水に浸けて、水草を眺め続けた。今度は、間を素早く泳ぎ抜ける小魚の銀鱗や、根元辺りでチョロチョロと戯れる小エビをじっと見つめた。降り注ぐ光の下、水草も魚も小エビも、そして、そんな光景を眺める自分や、横で寛ぐ店長も包み込むような、一つの総体的なものが、途方もない規模でバランスを保っているのを、瑛は感じ取っていた。流石に中腰で水の中を覗き込むのに疲れたのか、瑛は立ち上がると、店長の横に座って、貰った缶コーヒーを飲み出した。 「凄いですね。感動しました。」 「だろ?。昔は自由に行けたのが、何でもかんでも禁止にしちゃうから、みんなの目に触れることが無くなってしまった。勿体無い話だけどね。でも、そのお陰で、こうして誰にも邪魔されずに、未だに水草は伸び伸びと繁茂出来てる。ま、皮肉だけど、その方がいいのかもな。」 店長は、秘密を共有することの出来る仲間を見つけたせいか、何となく嬉しそうにコーヒーを飲んだ。 「はい。」 つい嬉しくなって、誰かに教えたくなる衝動ってのもあるだろう。けど、瑛はこの光景を、店長と二人だけの秘密にしようと、そう心に決めた。  その後も、瑛はいつものように、店に出勤しては水槽のメンテナンスを続けた。しかし、あの日以降、水草をトリミングしたり、レイアウトを作ったりする際に、眉間に皺を寄せながら作業することが無くなった。時折、 「フンフンフン♪。」 鼻歌交じりで作業に没頭していた。店に来た常連客が、 「あれ?、瑛君、そんなんでいいの?。其処のレイアウト。」 と、えらく刈り込んだ水草の丈を見ながら尋ねた。 「ええ。じきに伸びますから。もし伸びなくても、両脇の他の草が伸びるだろうから、そうしたら、彼らの勝ちです。」 瑛は、自身が行うメンテナンスなんて一時のもの。後は繁るに任せるようなスタイルになっていった。客は店長の下に歩み寄ると、 「瑛君、変わったね?。」 と、不思議そうに尋ねた。店長は顎髭を撫でながら、 「はは。一山越えた・・って感じかな。」 と、涼しげな目元で瑛の作業を見守りながら、そう答えた。そして、 「水草も伸びる。若者も伸びる。そして、老いていく我々は、やがて枯れる。それでいいのさ。」 そういうと、レジの横に置いてある椅子に腰掛けた。 「枯れた後、我々はどうなるのかな?。」 客も店長の横にある椅子に腰掛けながら、尋ねた。 「さあね。エビのエサにでもなって、その後は草の肥料にでもなって、そうやって、ぐるぐると巡るんじゃね?。」 そういいながら、足元のクーラーボックスから缶コーヒーを二つ取り出し、一つを客に差し出した。 「お、サンキュー。」 二人は店の窓から差し込む夕日を浴びながら、何時までも水草の手入れをする若者を、感慨深く眺めていた。
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