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黒田高校第××回文化祭の開催まであと一ヵ月となった九月上旬。
夏生の所属する二年一組はお化け屋敷をすることになった。
すでに準備は始まっていて、今日も放課後の教室にはクラスメイト達が残っている。
「それじゃ亡霊の方々集まって~」
黒板の前に立った松田が手を振り、呼びかけてくる。
自分の席に座っていた夏生は立ち上がり、そちらへ向かった。
松田は今回の文化祭でクラスのリーダーを務めている。
彼女の元には夏生の他、数名の男子が集まった。
全員、お化け役をすることになっている。
二年一組のお化け屋敷『亡霊たちの青春』は、誰もいない夜の教室に男子生徒の幽霊が現れるという設定になっている。
お化け屋敷にやってきた客は彼らを成仏させるため、何か言葉を掛けなければいけない。
そこがお化け屋敷の一番の売りだった。
松田が「はいどうぞ」とコピー用紙を夏生たちに手渡してくる。
「こっちで亡霊の設定勝手に考えたから読んどいて。台詞は各自でアレンジして練習してね。棒読みは禁止。あと、当日までどんな内容か他の人に漏らさないで。漏らしたら……なんかすごい呪い掛けるから!」
一方的に説明して、忙しそうに松田はどこかへ行った。
夏生は複雑な気分でをもらった紙を何度も見る。
(よりにもよってなぜこんな役……)
その横で男子たちが文句を言い始めた。
「めんどくせー。やりたくねー。なんでお化けが喋んなきゃいけないんだよー」
夏生は自身の葛藤を胸にしまい込み、くすっと笑う。
「俺は全然できるけどなあ。楽しそうじゃん」
「そりゃ野島はイケメンだから何言っても様になるしいいよ。俺らが言っても滑るだけだし!あーやりたくねえ!」
男子たちは文句を言い続ける。
夏生はそれをにこやかに受け流し、後ろに立っている親友の義久に話しかけた。
「義久はどんな役だった?」
「教室で本を読んでいたら亡くなってしまった読書好きの幽霊、らしい。俺が文芸部だからだろうな。……何の本を読んでたんだろう?」
「さあ? ていうか──」
ため息を堪え、夏生は首を傾げる。
「なんで俺の役が好きな人に告白できずに亡くなった幽霊?俺だったらこんな風には絶対ならないのに。全然俺に合ってないよな?」
「そうだな」
義久に同意してもらい、夏生はこっそりほっとする。
「……まあなんだって俺はやるけど。とりあえずジュースでも買ってきてみんなで台詞考えたりしようよ」
夏生の提案に、お化け役の男子たちが「いいなそれ」とついてくる。
皆でわいわい騒ぎながら教室を出て、階段降りていた時だった。
夏生の背中に誰かがぶつかる。
「あっごめん」
謝りながら振り返って、どきりとした。
そこにいたのは五組の奥村咲だった。
ぱっちり二重の強そうな美人である。
咲は鋭い視線をこちらに向けて、肩までの黒髪を揺らし、階段を早足で降りていった。
その場にいた全員が静かに咲に見とれていたようだった。
誰かがぼそっと夏生に問いかけてくる。
「いくら野島でも奥村には告白できないだろ。この前もまた四組の田中がフラれたって言ってたし、誰が告白してもまともに聞いてくれないって」
夏生は鼻で笑う。
「そんなのできるに決まってるじゃん。もし俺が奥村のこと好きだったらとっくに告白して付き合ってるよ」
あちこちから「ほんとかよ」と小突かれ、余裕の笑みを浮かべる。
笑顔の裏で動揺しているのを悟られぬように。
咲にぶつかられてから、夏生の心臓はどうかしたんじゃないかというくらい、どくどく鳴っていた。
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