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テーブルについて、妻の入れてくれたお茶を飲み、一息ついたところで、改めて目の前の妻の顔を見る。真っ黒だった髪の毛は、ここ一年でだいぶ白髪が増えて来ていた。年齢の割にハリのあった素肌もすっかり年齢通りに皺が増えている。老け込んでしまった、そう言う表現が正しいと思う。
そして私自身の姿も同じように一気に老けてしまった、と思う。
8月に入り、初盆の支度を始めると同時に、娘の病院で使用していたものを片付け始めていた私達は、娘の闘病日記を二人で何度も読み直していた。
日記の内容は主に、病気に対して向き合う気持ちや、私達家族に対する思い、付き合っていた彼氏への思いが中心だった。
中川俊介さん、当時娘がお付き合いしていた男性。
娘が遠距離恋愛をしているのは、車を貸していたこともあり知ってはいた。どんな男性なのか、気にならないなんてことは無かったが、大人になった娘に対して、詮索するのは野暮な気もしたし、娘の惚気話を聞いている感じでは好青年な感じがしていた。
その中川さんに対して、断腸の思いで別れを告げたという事が、かなり大きな思い残しだったんだろう、中川さんへの思いは別れた後も色々と綴られていた。
中川さんへは「私の分も長生きして欲しい」という言葉と思いと一緒に、出来ればこの日記の中の気持ちを、彼に伝えたかった、と記されていた。
娘の気持ちを、思いを届けないという事は、今の私には考えられなかったので、昨日、妻には「中川さんに日記を届けたい」という話をしてみた。妻はあまり乗り気では無かったが、最終的には、届けましょう、という事になった。
「今日、中川俊介さんの所に行ってみようと思うけど、お前も一緒に行くか?」
私はお茶を飲み干し、妻に聞いてみる。妻は私を一度見た後、目を伏せて首を横に振った。私は家で留守番をしています、と細々と呟く。
そうか、と返事をし、私は玄関に向かった。
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