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それがわかっているから、転居の日までそのことを鬱々と考えてばかりの日々を過ごすであろう自分が見えるから訊かない。「知らぬが仏」ではないが、その時が来るまで夫の気持ちなど知らない方がいいと我が身大事の私はそれに関して触れずにきたのである。だから何度訊かれようとも定年前に癌が転移し、逝ってしまった夫の予定など私は応えようがないのである。
「これでよかったんだと思う。あの父親と暮らしたらケンカやったと思うし……」
夫が親よりも先に死んだことを「よかった」とは言い難いけれど、夫や私の代わりに多くのものを背負った義妹の気持ちや覚悟を思うと反論するようなことでもない。
「二人はほとんど喋らないから、お義父さんの話を聞くのは私だったから。まあ、同じ話ばかりなんだけどね。あっ、お義母さんがこっちを」
「ああ、ホントや。行かんと」
私たち二人が話し続けていると義母の機嫌が悪くなる。自分がのけものにされているように感じるらしい。夫の死後、義父と私が喋っているのを見た義母が自分の悪口を言っていると勘違いし、怖い顔で近づいてきて、咎め、わめかれたことが何度かあった。
耳が遠いため聞こえた言葉の断片から想像力豊かに思い込み、勝手に怒り出す。そうなる前にこちらが気をつけ、話の内容を大きな声で知らせ、共有するかTVをつけたりおやつを出したりしてごまかしてしまうしかない。
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