夫の遺言

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 納骨を終えた翌日、義母(はは)が朝食を食べ終わるのを見届け、義妹(いもうと)はいつも通り家事などのため彼女の家に帰っていった。義妹が戻ってくるまでの二時間余り、普段ならTVを見ているか横になっているかの義母のベッドのそばを通った時だった。 「おとうさん(夫)がおらんく(いなく)なったー」  身を起こした義母が急に大きな声でそう言うと泣き出した。 「えっ? お義父(とう)さんですか? お義父さんはもう半年以上前の1月に逝きましたよー」  私は寄り添うことなく現実そのままを突きつけたのである。 「おとうさんがおらん」  そう繰り返し、しくしく泣いている。意味不明でしかない。お骨が墓に入っただけのことである。骨壺があったからといってこの家にいたわけでもない。いなかったとも言い切れないけれど。ただ、そうであれば、お骨が墓に入ってもいなくなるとは限らないわけだが、90近い義母が泣き続ける姿に私はなすすべもなく、しばらくその姿をただ見下ろしていた。急にボケたわけでもなさそうである。  そうしているうちに敷地内に義妹の車が入ってきた。急いで外に出て義母の様子と状況説明をし、どうしたらいいかを訊ねた。 「じゃあ、とうちゃんの遺影のちっちゃいの、ベッドのところに置いてやって」 「泣いてるんだけど」 「あの人、私と違って乙女だからすぐ泣くのよね」  義妹の言葉に「乙女?」と思いつつも言われた通りにしてみた。 「ここじゃなくて、あっちに置いて」  ベッドから少し離れたサイドボードの上に義父の小さな遺影を置いた。 「よかった。おとうさん、おったわ」  生前、理不尽な扱いを受け、かなりの無理をさせられて、我慢ならなくて陰であんなに悪口を言っていたのに、亡くなった途端、大切な人になったようだ。死んでしまったのだから全てを許すしかないとでも? 私にはそんな義母の気持ちなど理解できないけれど、夫婦の関係はその夫婦にしかわからないということだろう。
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