夫の遺言

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「ただいま。マミ、じいじは?」  遺影の前で猫に向かって質問をする。マミなら夫がここにいるのかいないのかがわかるはず。現実「いない」のだが、自分の都合で「いてほしい」と思う時もあるから、時々ここに戻ってきているとの自分勝手な設定。そんな私の勝手にマミはつきあわされているのである。マミにはわかる、視えるという私の仮定。義母のことを笑えない。 「おかん、マミが困るわ。おかんの論理からすれば、おとんはおばあちゃんのとこに見に行ってると思うよ」 「私の報告はいらないということ? でも、一応、やっておく。おかあさんが納骨の時よりちょっとだけ悪くなってる気がしたよ。すぐ泣くし。泣くのはずるいと私は思うのよね」  娘は勝手にやってくれとばかりに「おかん、先に食べていい?」と言う。 「帰りの乗り継ぎ駅で買ったから、時間なかったから、おいしいかはわからないけど。私の分、残しておいて」 「じゃ、半分ね。そういえば、もうすぐおとんの誕生日」 「誕生日だけど、月命日でもあるという……」  月命日といえば、先月は孫の三歳の誕生日だった。あの赤ん坊が大きな病気もせずに育った。夫が密かに守っているような気がする。 「生花(はな)はどうする?」 「うーん、暑いから長持ちしないけどね……」 「明るい色の花を選んで、買ってくるわ」 「うん、お願い」  誕生日でもある月命日、生花を飾り「ありがとう」の言葉を添え、コーヒー香の線香を。そして、マミを抱き上げる。「ただいま」と言えば「おかえり」と返してくれる相手はいないよりいたほうがいいとは思う。  私が遺すのなら「結婚にこだわらなくてもいいから、誰かと生きていってね」という言葉かもしれない……。                 〈了〉
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