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祖母の真実
帰りの飛行機の中、梓は祖母の手紙を思っていた。
おそらくだが、あれは最近書かれたものだろう。大橋実の手紙とは紙の質も、劣化度も全く違う。死が近付いたとき、祖母が告白のつもりで書いたのではないだろうか。梓は鞄から手紙を取り出した。
【拝啓、小松恵麻様。
この手紙が、あなたへの贖罪にはならないと知りながら、筆をとる弱い私をお許しください。
私はずっと、あなたが羨ましかった。
二人の駆け落ちが失敗に終わったとき、私は心中ほくそ笑んでいました。あなたがお父様に幽閉された後、手紙を届けるふりをして、その実、実さんとの接点が増えることを喜んでいました。いつかは実さんが、そばで励ます私を選ぶこともあるのではないかと思っていたのです。
けれど、切符入りの手紙を渡してほしいと言われたとき、それは決してありえないと理解しました。家に背いてまで彼といることを選んだあなたと、自ら責を負うことなくおこぼれにあずかろうとした私。その差を見せつけられた気がしました。このときほど、己の醜さを痛感したことはありません。
それでも、当時の私は、あなたに嫉妬し、彼から受け取った手紙をすぐに渡すことはできませんでした。もし、この手紙を私が渡さなければ、彼は一人で旅立つことになる。彼はあなたの気持ちが離れたのだと思うでしょう。そうすれば、万が一にも、私を選ぶかもしれません。選ばなかったとしても、少なくとも私もあなたも、彼と結ばれることはない。私は、自分の嫉妬と醜さを隠すことはできませんでした。
迷っているうちにあなたが亡くなったと聞いたときの絶望は、言葉にはできません。私を友人と信じたあなたを裏切り、絶望のうちにその生涯を終わらせてしまった。一度は生きることを捨てようと思いました。それでも、私は死すら選べない、弱い人間だったのです。
願わくば、あなたが来世で彼とともに歩めますよう。切符は今度こそあなたへ届けます。私の行く先は、あなたと違って地獄かもしれない。それでも、必ずあなたに届けますから。
私を許せなくて当然です。でも、私が言えた義理ではありませんが、彼があなたを愛していたことを、どうか、どうか、疑うことなきように。二人の魂の平穏を願っています。
敬具】
読み切ると、手紙を封筒に戻し、窓の外に目を向ける。
帰ったら、祖母に謝って、そして伝えよう。
恵麻嬢は決して祖母を恨んでなんていなかったと。
切符はたしかに渡したと。
眼下に広がる瀬戸内の海はきらきらと輝いていた。
遠くから、列車の汽笛が聞こえる気がした。
終
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