運命というもの

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運命というもの

「お母さん、“小松恵麻”さんって知っている?」 「小松恵麻さん? さあ……聞いたことないけど」 実家に帰宅後、葬儀屋のパンフレットを前に眉間にしわを寄せる母に訪ねた。なかなか火葬場や葬儀場の空きがなく、祖母の葬儀は一週間後になりそうらしい。 「たぶんおばあちゃんの知り合いだと思うんだけど」 「おばあちゃんの?」 母は「小松、小松……」と呟きながらあごに手を置き、考えるしぐさをする。しばらくすると、「あ、そういえば」とひらめいたように顔をあげた。 「関係あるかはわからないけど、小松さんっておばあちゃんの実家の近くに大きなお屋敷があった気がする。お母さんのおばあちゃん、梓のひいおばちゃんのお家の近く」 「おばあちゃん、高知だっけ?」 「そう。小松邸は和洋折衷のお屋敷でねえ、すごく素敵なの。そこの娘さんだとすれば、おばあちゃんの女学校時代のお友達だった可能性はあるかもね」 母の推理に頷きながら、梓はどうやったらこれ以上の情報を得られるだろうかと考えを巡らせていた。 「その人がなんなの?」 「いや……」 手紙のことを伝えていいものか、梓は迷っていた。祖母は、あれだけ一緒の時間を過ごした母ではなく、孫である自分に手紙のことを頼んだのだ。知られたくないという意思表示ではないのだろうか? 言い淀む梓にしばし疑問の眼差しを向けていた母だが、「そんなに気になるなら、一郎さんにも聞いてみようか?」と助け船を出してくれた。 「おばあちゃんの実家、今は一郎さんが管理してるのよ。一郎さん、今大阪でしょう? 住んではいないけれど、生家だから愛着が湧いて手放せないって、時々長期休暇を過ごすのに使っているみたい」 祖母の実家は、そのまま祖母の弟が相続し家族で住んでいたらしい。 「一郎さんなら高知のことに詳しいだろうし」 「ありがとう。じゃあ、お願いします」 梓は頭を下げると、母はすぐに一郎さんに電話をしてくれた。もっとも、葬儀の件が本題で、梓の頼みはついでだろう。一郎さんは小松家については何も知らないと答えたらしく、ここで手詰まりか、と梓が肩を落としたとき、母が思いもかけない言葉を発した。 「家、勝手に見てもいいよって一郎さんが。おばあちゃんの生家でもあるし、何かしら残ってるかもよ? 玄関の植木鉢の底に鍵がついているから、それで入ってって」 梓は驚きつつも、ここまで来たらとことんやろう、と決意した。祖母の葬儀が一週間後になったことにも何か意味があるのかもしれない。運命というものを感じずにはいられなかった。梓は一人、高知に向かった。
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