港町と老婦人、そしてタブー

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港町と老婦人、そしてタブー

祖母の生家は、高知竜馬空港からほど近い、港町にあった。祖母の葬儀は一週間後とはいえ、長居するつもりはない。大き目の鞄に、一泊分の荷物だけを詰め込んできた。もちろん、二通の手紙も一緒に。母にもらった住所とスマホのナビを頼りに住宅街を歩く。平日の午前だからか、そんなに人はいなかった。 「あ、あった! ここか」 二階建ての一軒家の前で立ち止まり、表札を確認する。門扉を開け、玄関扉右手にある植木鉢の底を覗き込むと、一郎さんが言う通り、鍵が張り付けられていた。中に入ると、熱気こそ籠っているが、埃っぽさはなかった。 「さて、手掛かりを探しますか」 祖母の生家とはいえ、梓にとっては初めて来る家だ。他人の家を勝手に家探しするようで後ろめたさもあったが、梓はそれを振り払って奮起し、目的に邁進した。だがその気合もむなしく、それから小一時間ほど目につく限りの場所を探し続けたけれど、祖母の痕跡はほとんどなかった。肩を落としていると、玄関が開く音と共に「一郎くん?」と声がして、梓はびくっと肩を震わせた。 居間から顔を出すと、車いすをひいた、母と同い年か少し上くらいの女性がおり、梓の姿を見て「あら?」と目を見開いた。車いすに座る老婦人はうつらうつらしているのか、大き目のつばの帽子が時折り揺れていて、梓には顔は見えなかった。 「あ、あの私、一郎さんのいとこの娘で……えーっと、つまり、一郎さんのお父さんのお姉さんの娘の娘で……」 焦りすぎてわたわたとする梓に、女性は「ああ、和子さんの」と朗らかにほほ笑んだ。 「祖母を知っているんですか?」 「たまに帰省されているときに顔を合わせることがあって。母は学生時代に可愛がってもらっていたみたい」 女性は言いながら、ちらりと車いすに目を向けた。“母”というのはこの老婦人のことなのだろう。つまりこの老婦人は祖母と知り合い。ということは、小松恵麻という人物についても知っているかもしれない。一筋の光が見えたと、梓は口を開いた。 「あの、小松恵麻さんという方をご存知ですか?」 「恵麻さん?」 女性が口を開くより前に、車いすの老婦人が顔を上げ、声を発した。 「ご存知なのですか?」 「ええ、もちろん。恵麻さんと和子さんにはとても可愛がっていただきました。小松家の恵麻さんはこのあたりでは言わずと知れたお嬢様ですし、和子さんはその一番の親友といっても過言ではなかったと思います。二人はいつもご一緒にいらして、女学校でも目立っていました」 ゆっくりと、老婦人は過去を思い出すように目を伏せ梓の知らない祖母を語った。母の予想通り、小松恵麻という人物は、祖母の女学校時代の友人だったのだ。 ではもう一人の人物……大橋実という人についてはどうだろう。梓は続けて問うた。 「では、大橋実という方は、ご存知ではありませんか?」 その言葉に、きゅっと老婦人が唇をかみしめたのがわかった。膝の上に置かれた手が、小刻みに震えている気がした。付き添いの女性が、「お母さん?」としゃがみ込んで手を握った。 「大橋さんは……恵麻さんのお父様の事業をお手伝いされていた書生の方です。帝国大学への入学を控えられたとても優秀な方で、恵麻さんのお父様もとても信頼をされていました。けれど――」 老婦人はそこで一度言葉を切った。 「ある問題を起こして、出て行かれました」 「ある問題……?」 梓が続きを待っていると、老婦人はきゅっとスカートを握りしめ、それからまっすぐに梓を見つめた。 「大橋さんは、恵麻さんと駆け落ちしようとしたのです。それで恵麻さんのお父様の逆鱗に触れました。大橋さんは追い出され、恵麻さんは軟禁状態に。そして……恵麻さんはそのまま、若くして亡くなられたのです」
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