蔦の絡まる旧家とご令嬢の秘密

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蔦の絡まる旧家とご令嬢の秘密

老婦人たちと別れた後、梓は緩やかな坂道をやや息を切らして登っていた。歩きながら、ここまでにわかったことを頭の中で整理する。 発端は、祖母が持っていた手紙。一通は、祖母から友人の小松恵麻にあてたもの。そしてもう一通は、その友人に向け、秘密の恋人があてたもの。総合して推測するに、祖母はこの秘密の恋人たちの仲を取り持っていたのではないだろうか。公にはできない、書生と令嬢の恋。駆け落ちに失敗し引き離された二人を唯一繋いでいたのが祖母であったが、なんらかの理由があって、親友に手紙を渡せないまま、現在に至ってしまった――。 シンプルに考えれば、その原因は恵麻嬢が亡くなったことだろう。祖母は、手紙を棺の中に入れることで、せめて幽世でこそ、必ず恵麻嬢に手紙を届けたいと願ったのかもしれない。 坂を上りきると、立派な和洋館があった。庭にはうっそうと草木が茂り、壁面には蔦が絡まり始めているが、過去のなごりのまま存在感を醸し出している。かろうじて蔓や葉の隙間から見える表札の【小松】を確認し、梓は建物を見上げた。 手紙にまつわる大筋はわかった。おそらく梓の推測は当たっているだろうし、先ほどの老婦人の話によれば、恵麻嬢が亡くなった後小松家は途絶えたそうだから、これ以上調べることは難しいだろう。けれどここまで来たからには、一度は小松邸を見てみようと思ったのだ。 「こんにちは」 祖母の過去に思いを馳せていると、突如声をかけられ、梓は肩を震わせた。声の主を探すが、近くに姿は見当たらない。戸惑っていると、「ここです」と、小松邸の蔦が絡まる門扉が開き、少女がひょこっと顔を出した。華奢な身体にストレートの黒髪が艶やかな、十五~六歳くらいのその少女は、深層の令嬢といったはかなさを纏っていた。大きく丸々とした瞳で梓を見ている。 梓は動揺を隠せなかった。だって、ここには誰もいないはずでは? 「えっと……あの、私、近所の三島――あ、違った、山本和子の孫で。ちょっと散歩を……」 「まあ、和子さんの?」 少女のまさかの反応に、梓はさらに驚いた。 「祖母を知っているんですか?」 「和子さんのお話は、曾祖母からよく聞いていました。曾祖母は、小松恵麻といいます」 小松恵麻が曾祖母? だって、先ほど会った老婦人の話では、若くして亡くなったはず……。疑問だらけで困惑していると、少女がにこっと微笑んだ。 「よろしければ、少し上がっていきませんか?」
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