別れは告白となって

2/9
前へ
/9ページ
次へ
「何故、こんなことをした?」  自販機で買った微糖の缶コーヒーを彼女に差し出す。日陰で体操座りをする彼女はそれを受け取るや否や、無糖の方がいいです、と生意気なことを言って、続ける。 「最初はなんとなくです。なんとなく、将来が考えられなくて、なんとなく、目の前が真っ暗な気がして。そしたら、私、これ以上、生きている意味ないんじゃないかって、思っちゃって…私、一人なんです。ずっと。家でも、学校でも。だから私がいなくなってもきっと地球は太陽の周りを回り続けるし、半額のシールが貼られた惣菜は売り切れるんです」 -長く生きても何もねえよ、人間っていうのは。だから、俺はスパッと生きて、スパッと死ぬ。それが俺の人生だ  また、だ。  彼女の声を聞くと、どうしても世界で一番嫌いな男の、嫌みも皮肉も一切感じさせない余裕のある笑顔を思い出してしまう。地位も、名誉も、名声も、愛も、私が望んだ全てを手に入れて、それでもなお、自由奔放な生き方をしたあの男が私は狂おしいほど憎くて、羨ましかった。 「ピアノ…か」 「…先生、私の話聞いていました?」  苦笑交じりの呟きには怒りを通り越した呆れが滲み出ている。私のこと、バカにしてます?という視線で一瞥し、汗だくになったスチール缶を手で拭って、缶を煽った。  ああ、そうだ。それは彼女が奴の、世界的ピアニスト楠原征爾(せいじ)の娘だからだ。彼女が醸す高潔さと野蛮さを同居させた雰囲気も、笑うときに口角をニタリと上げるのも、全て奴の姿そのものだった。でも、それでも、教師として彼女に生きて欲しいと思った。 「いや、だから、生きる意味がピアノっていうのも良いんじゃないのか?」  肌を心地の良い夕風が撫でるように掠める。そうです、ね、と呟いた彼女の横顔から死の気配が消え去ったように思えた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加