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父は十三年前の震災で、帰らぬ人となった。小さい頃に母を亡くしたわたしにとっては、唯一の肉親だった。大学に通うため、男手一つで育ててくれた父の元を、離れることになった。
当時のわたしは、もちろん父に感謝はしていた。しかし、気を遣いすぎる父に対して、居心地の悪さを感じていたのだ。離れて暮らすようになって、開放された気持ちに浸っているうち、父から手紙が届くようになった。
月に一通、便箋にして二枚程度の手紙。父は機械類に弱く、携帯電話すら持っていなかった。今にして思えば、本当は声を聞きたかったのだと思う。でもなんとなく話しにくくて、電話すらかけずに時間が過ぎていった。
そして、あの日がやってくる。
突如降り掛かった大震災は、父もろとも街を飲み込んでしまった。実家は跡形もなく海に流され、今でも父の体は見つかっていない。
「その手紙は、正真正銘、高梨清隆様からお預かりしたものです」
わたしの怒りなど気にも留めていない様子で、彼は帽子を取った。それを見たとき、わたしは言葉を失った。彼の頭から動物の耳が生えていたのだ。つけ耳かと思ったが、小刻みにピコピコと動いているし、質感は本物の耳にしか見えない。
「中をご覧になれば、おわかりになるかと思いますよ」
確かに、手紙の筆跡には見覚えがあった。でも筆跡なんて真似ようと思えばなんとかなるはずだ。わたしは疑いを持ったまま、ひとまず封を開けた。
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