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「お、トド、け……もの、デす……おと、ど、ケもの、デス」  ドアの外から声が聞こえる。でも玄関チャイムも鳴らさずに、変な言い方で喋っているそれが宅急便とかなはずはない。今は何も頼んでないし連絡もしない誰かから荷物が来るような時期でもない。そもそもここはマンションの三階で、下にオートロックがあるタイプだから普通はそっちからチャイムを鳴らして開けてもらうという工程を踏むものだし、それをしないのはかなりお行儀が悪いからちゃんとした企業ではないだろうとまで思うものだし。  そんな風にいろいろ考えて、やっぱり怖いから息をひそめて動けないままでいる。お届け物ですに似たような言葉はゆっくりとではあるけれどずっとくりかえされている。 「おか、シイな……」  その言葉を最後に音がとまる。けれど足音は聞こえない。だからまだそこにいるのかもしれない、動いたら自分がいることもわかってしまうかもしれないと思うとどうしても動けない。  ようやく動けたのはその一時間後だった。ドアスコープから見てももちろん何もいない。その日は外に行きたい用事があったけれど、翌日に回しても問題なかったから家の中で過ごした。 「おとどケ、ものデス……おトド、けモノデす」  また声が聞こえる。一週間前と同じ声、それでも一週間前よりも少し違和感が少なくなった言い方で、くりかえしている。今日だってもちろん荷物が届く予定はない。そもそも同じ声だと認識している以上開けたくない。 「しツ、れいしま、シタ……」  前と同じように部屋の中で息をひそめていると今度はそんな風に聞こえて音はとまった。床が鳴らないように、衣擦れの音もなるべく出ないように慎重に玄関まで歩いて行ってそっとドアスコープから外を見たけれど、もう何もいなかった。ゆっくりとだったから相手がいなくなる時間は十分にあったしもう何もいなくても当然ではある。  なんとなく怖くてやっぱりこの日も一日家の中で過ごした。 「おとどけものです」 「はいはーい」  返事をしてから思う、今チャイムは鳴らされていない。前回から一か月も空いたから油断していたのかもしれない。それになめらかな言葉だったからその声そのものに違和感を持たなかったのかもしれない。けれど返事をしてしまった。聞こえたかどうかはわからない。今までこの家で暮らしてきた経験から考えると多分言葉としては聞き取れないけれど音としては聞こえたくらいだろう。つまり前回までみたいに居留守を使うことはできない。  怖い。とても少ない可能性だけど普通の配達員さんかもしれない。一応もうすぐ届く荷物だってあるからそれを届けてくれる人かもしれない。相手が普通の人だったら、ここで出ないのは変だ。止まってしまった足を無理矢理動かす。 「はい」  ドアを開ける。何もいない。 「縺薙s縺ォ縺。縺ッをおとどけします」  聞き取れない。何もいないのに声だけは聞こえる。声は一部わかることを言っているのに肝心のところを聞き取れない。わからない、わからない。わからないはこわい。  あたまのなかがぐるぐるしていて、さいごにかんじたのはつよいかぜだった。
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