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「あれは、私の婚約者および側仕えを選ぶための集まりだったんだ」
「え、そうなんですか!?」
父上の説明だと、貴族による気軽な交流会のように感じていたのだが。そんな重要な集まりだったということは、もしや相当な無礼を働いたことになっているのではないか、と俺は嫌な予感に唇を震わせる。
「ああ。だというのに、お前の親は可愛い可愛い末っ子を見せびらかしたかったのだろう。まだたいして躾けられてもいない幼子を連れてきたのは、フレイザー家だけだった」
「それは……、お、お詫びの言葉もなく……」
何やってるんだ父上!
王族の婚約者選びの場をぶち壊した三歳の自分を想像してぞっとしていた俺に、ベリルが容赦なく追い打ちをかけてくる。
「聞いているだろうが、お前の自由奔放な言動のせいで収拾がつかなくなってな。前国王である父上が面白がって不問にしなければ、フレイザー家はその後、社交界に出禁となるところだった」
「か、重ね重ね、申し訳なく……っ」
本当に何やってるんだ父上!
そりゃあ、普段は俺に甘々な父上も、外面を良くするようにと必死で懇願してくるわけだ。さすがに二度目の赦しはないだろうし、自分がかなりギリギリの綱渡りをしていたことを今更知った俺は、過去、自棄になって夜会で暴飲暴食などしなくてよかった、と小さく安堵の息を吐いた。
「だが、煩わしいと感じていた私にとって、お前の大暴れは救いの手だった」
少しばかり柔らかくなった声音に導かれるように視線を上げると、ベリルがそっと頭を撫でてくる。
「皆が媚びてくる中、感情を剥き出しにして豪快に笑って泣くお前は鮮烈だった。脳裏に焼きついて離れないほどに、な」
懐かしむように、それでいて今の俺を愛おしそうに見つめてくるベリルに、きゅう、と心臓が音を立てた。
水色の瞳は、表情よりも雄弁に彼の感情を伝えてくる。相当な醜態だったはずなのに、それが本当に彼の救いとなり、のちに恋情になるほど心が動いた出来事だったのだ、と素直に信じることができた。
しかし、次の瞬間、瞳に浮かび上がっていた柔らかさが水底に沈むように消えていく。
「だが、いつからかお前は全てを諦めた顔をするようになった」
それが心底気に入らない、とばかりにベリルの眉間に皺が浮かび上がった。
「仮面のような笑顔に最低限の会話のみ。取り巻く環境に嫌気が差している者が、他者を拒むやり方だ。私も似たようなものだったから、お前の心情が手に取るように理解できた」
「ああ、そうか、……そうですね」
確かに、目の前にいる男も同じなのだろう。笑顔こそないものの、俺と同じ気持ちで群がってくる有象無象を相手取っていたわけだ。
容姿の良さやステータス。そんなものばかりを褒め称えられ欲しがられる虚しさを、ベリルもきっと知っている。
「お前がお前のままでいられないことが、腹立たしかった」
その密かな立腹に気づいたのが、彼の兄である現国王陛下だったらしい。俺の社交界デビュー時、苛立ちと残念さをいつもの無表情の下に隠していたベリルに内心を吐露するように促したのだという。そして、本人が気づいていなかった、淡く、それでいて強烈な想いを指摘した、と。
「相手の飾らない様子をせめて自分にだけは見せてほしいと願うのは、一種の執着だと兄上に言われてな」
その執着がどの程度のものなのか自分の心と向き合ってみた結果、独占欲を自覚するに至ったらしい。
「お前の何もかもを暴きたかった。私が、暴きたいと思ったんだ」
「……なる、ほど」
顔が熱い。温度を感じない凪のような表情から繰り出されるストレートな告白に、頬だけでなく全身の体温が上がった。昨夜、忘れることすら難しいほど全身に注がれた愛情はまるで嵐のようなものだったけれど、今はナイフで的確に急所を刺されている気分だ。
理解、共感、俺という存在への特別な愛情。どれも欲しくて、けれど諦めていたもの。
「あ、でも、それならどうしてその時点で求婚してこなかったんだ?」
ふ、と浮かんだ疑問を口にした俺に、ベリルは事情を掻い摘んで説明してくれた。
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