結婚に至るまで

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 この国では、地位のある家の跡取り及び補佐役の次男以外の男は同性婚をするという暗黙の了解が存在している。貴族たちのどろどろお家騒動で国が傾きかけたことが過去にあったらしく、無闇に子孫を増やさないための措置らしい。  そういうわけで、三男の俺には男からの婚約希望が複数寄せられていた。  元々、同性との結婚に忌避感はなかった。俺の性的指向は両性愛だし、世の中的にも異性夫婦と同性パートナーの割合がおおよそ半々の国だ。暗黙の了解が貴族としての義務に等しいのであれば、伯爵家の息子としてはそれに従うまで。相手を選べるだけマシだな、と最初はすんなり受け入れていた。  ところが、蓋を開けてみれば選べる相手がいなかったのだ。  とにかく、変態が寄ってくる。  美しさを踏みにじって悦楽に浸りたい嗜虐趣味やら、美しい者にいたぶられたい被虐趣味やら、言葉に出すのもおぞましい趣味の持ち主だと噂される者たちからの求婚が後を絶たなかった。高嶺の花を手に入れたいというコレクション気質の者であれば、まだマシなほうだ。嫌だが。  ちなみに、婚約の申し入れは相手が十五歳になってから、というのが貴族間のルールとなっている。なので、俺のところにも社交界デビューをしてから届き始めたわけだが、十五歳の少年には些か濃すぎる面々ではなかろうか、と渋い顔をしてしまうくらい年上からの申し出が多かった。  取捨選択できる身分で本当によかった、としみじみ思う。下級貴族なら、ゴリ押しで金持ちジジイの後妻とかにされていただろう。考えるだけでも鳥肌が立つ。 「うーん、これは……。我らが可愛い末弟は、予想以上に変態を呼び寄せる蜜になっちゃってるみたいだね」  一番上の兄が、書類を眺めながら困ったように眉を下げていた。見目が良く話術にも長けた長兄は、貴族たちの情報を社交場で拾ってくることがとてもうまい。だからこそ、俺に届く婚約の申し入れの審査係として選ばれたのだが、そんな兄が難色を示す相手ばかりでさすがの俺も少し不安になっていた。 「まともな奴がいないってこと?」 「なぜか似た年頃の子がほぼいないんだよねぇ。だから余計に、訳ありの年上ばかりになっているというか。これはさすがに……、うーん?」 「兄さん?」 「うーーーん。うん。まぁ、成人するまでは急ぐ必要もないし、気長にゆっくり探そうか。来年、王立学校に入学したら、何か良い出会いがあるかもしれないし」  何種類もの『うーん』を連発していた兄は、引っかかることがある、という顔のまま、慰めるように俺の肩に手を置いてきた。しっかり者の兄のことだし、気になっていることはきちんと調べてくれるだろう、とその時は気楽に考えていたのだが。  その前に、ひとつの事件が起きた。 「お逃げください、モーリス様!」  領内の冬祭りに顔を出した帰路で、無理矢理にでも既成事実を作ろうとした者に俺が拐かされそうになったのだ。  同行していた従者のティムが俺を乗せた馬車を逃がそうとしたが、真っ先に御者が傷つけられたため身動きが取れない。ティムは護衛も兼ねた腕の立つ従者だが、敵の数が多く多勢に無勢だった。 「ティム!」  馬車から引き摺り出された俺の視界に、今にも敵の刃が振り下ろされそうになっているティムの姿が入ってくる。思わず叫んだそのとき、ひとりの男が素早くティムと剣の間に割って入った。その男は凶刃を跳ね返し、ティムに声をかける。 「無事か?」 「は、はい」 「手を貸す。まだ戦えるよな?」 「もちろんです!」  彼の参戦もあってなんとか敵を撃退、捕縛できた。  誘拐を指示したのは俺に婚約を断られた子爵だったようで、彼がその後どうなったのか俺は知らされていない。  感謝してもしたりないくらいの助っ人は、冬祭りに遊びにきていた非番の王国騎士だった。彼がたまたま通りがかってくれたからこそ、俺たちは助かったのだ。傷を負った御者も命に別状はなく、俺は心底ほっとした。  しかし、あのままティムが殺されていたら、と考えると背筋に震えが走る。自分のせいで親しい者が危険に晒される恐怖など、二度と味わいたくない。本当に、未遂で済んで良かった。  助けてくれた王国の騎士はブライアンと名乗った。俺の家族に盛大に感謝され饗され、我が家の恩人としてその後も交流が続いている。  ティムが彼に稽古をつけてもらっている場面にも遭遇したことがある。俺にもお願いしたい、と伝えたら二人揃ってすごい勢いで首を横に振ってきた。せめて自分の身を守れるくらいには強くなったほうが良いと思ったのだが、「あんたに怪我でもさせたら俺が大変なことになるんだ、勘弁してくれ」「そうです! モーリス様のことは今度こそ私が守ります!」と頑として受け入れてもらえなかった。
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