アムンゼン 10

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 しかし、まさか…  まさか、アムンゼンの名前を出した途端、こうまで、バニラの態度が、変わるとは、思わんかった…  このバニラは、バカだが、金に弱い…  この矢田と、同じく、滅茶苦茶、金に弱い(笑)…  なぜなら、このバニラは、元々、貧乏人…  それが、自分の美貌を生かして、モデルとして、成功した…  だから、金に弱い…  あらためて、そう、思った…  そう、思ったのだ…  「…で、殿下が、なにを?…」  またしても、バニラが、猫撫で声で、聞く…  「…いや、アムンゼンが、夢中な女がいてな…」  「…殿下が、夢中な女?…それが、どうして?…」  「…そのアムンゼンが、夢中な女が、今度、来日するのさ…どうやら、私が、面倒をみるらしくてな…」  「…どういうこと? …それが、一体、私と、なんの関係が…」  「…おおありさ…」  「…おおあり?…」  「…そうさ…アムンゼンはあの外見だ…3歳にしか、見えん…」  「…それは、そうだけど…」  「…ならば、どうして、私が、3歳の子供と、知り合いなのか? 誰もが、疑問に思うだろ?…」  「…それは?…」  「…だろ?…」  「…それは、そうだけど…」  「…だから、オマエに電話をかけたのさ…」  「…どういうこと?…」  「…オマエの娘のマリアを連れてきて、アムンゼンの友達とでもいえば、相手も、納得するさ…マリアに関しては、私の知人の娘とでも、言えば、いいさ…それに、アムンゼンとしても、初対面の相手に、自分の身分を明かすのは、嫌らしくてな…」  「…自分の身分?…」  「…サウジの王族だということさ…なにより、ホントは、30歳だと、バレるのは、困るだろ?…」  「…」  バニラが、沈黙した…  声が返って、来んかった…  私は、待った…  バニラが、なにか、言い出すまで、待った…  「…それは、わかります…でも、そんなことに、マリアを巻き込むのは…」  バニラが言う…  苦しそうに、言う…  実は、このバニラ…  アムンゼンが、心配なのだ…  アムンゼンは、マリアが、好き…  しかしながら、アムンゼンは、見た目は、3歳児だが、ホントは、30歳…  小人症だからだ…  だが、同時に、アムンゼンは、サウジアラビアの王族でもある…  父は、サウジアラビアの前国王であり、兄は、現国王…  サウジアラビアの王族の中でも、バリバリのサラブレッドだ…  だから、まさかとは、思うが、将来、マリアを嫁にもらいたいとでも、言われないか?   と、母親のバニラは、内心、ヒヤヒヤしている…  それが、バニラの悩みだ…  仮に、マリアが、二十歳になれば、アムンゼンは、47歳…  しかも、小人症だから、カラダは、3歳のまま…  だから、正直、結婚させたくない…  しかしながら、アムンゼンは、サウジアラビアの実力者…  怒らせるわけには、いかない…  だから、決して、虎の尾を踏むような真似は、できない…  それゆえ、アムンゼンに丁重に接する…  それが、バニラのアムンゼンに対する態度だった…  だから、マリアを巻き込みたくない…  それが、マリアの母親としてのバニラの本音だったからだ…  だから、私は、  「…大丈夫さ…」  と、言ってやった…  「…アムンゼンは、30歳…もう子供じゃないさ…仮に、マリアが、成人しても、マリアをどうこうはしないさ…」  「…でも、お姉さん…」  「…大丈夫さ…バニラ…オマエだって、アムンゼンが、そんなヤツじゃないってことは、知ってるだろ?…」  「…それは…」  「…アムンゼンを信じることさ…それしかないさ…」  私は、言った…  口からでまかせを言った…  正直、私としては、口からでまかせを言うしか、なかったからだ(笑)…  が、  やはり、それだけでは、ダメだ…  もう一押しすることにした…  「…それとも、オマエ…なにか? …アムンゼンに逆らえるのか?…」  「…そんな…殿下に逆らうなんて…」  「…アムンゼンが、リンに、会うには、マリアが、必要なのさ…」  「…リン?…」  「…アムンゼンが、惚れた女さ…」  「…惚れた女…」  「…そうさ…」  「…どんな女ですか?…」  「…台湾のチアガールさ…たしか、葉問の話では、台湾のプロ野球、三星球団のチアガールをしていて、台湾では、知らないものが、いないほど、有名らしい…」  「…それが、どうして、お姉さんに…」  「…なんでも、葉問が言うには、お義父さんが、その三星球団を買うとか、買わないとか…それで、その三星球団で、チアガールをしている、リンの面倒を、来日した際に、私に面倒をみさせるらしい…」  「…らしい?…」  「…そうさ…らしいと言ったのは、まだ、お義父さんから、直接は、聞いてないからさ…」  「…直接、聞いてない?…」  「…そうさ…でも、たぶん、事実さ…」  「…どうして、そう言い切れるの?…」  「…葉尊さ…」  「…葉尊?…」  「…今日、寝る前に、葉尊も同じ話をしたのさ…」  「…葉尊も?…」  「…そうさ…葉尊も、私と同じく、直接は、お義父さんから、聞いてないそうさ…でも、秘書経由で、聞いたらしくてな…」  「…秘書経由で?…」  「…そうさ…葉尊もお義父さんも、経営者さ…忙しい身さ…だから、互いに、うまく時間を取れないから、秘書経由で、伝えたらしいのさ…」  「…そうですか、葉敬も絡んでいるんですか?…」  「…そうさ…なんでも、その三星球団を、お義父さんに買わないかと、勧めているのは、台湾の旧知の財界人らしくてな…お義父さんも、仮に、断るとしても、すぐには、断れないらしい…」  「…どうして、すぐに、断れないんですか?…」  「…相手の面子もあるだろう…お義父さんに、プロ野球の球団の買収を勧めるんだ…相手は、台湾の大物財界人や大物政治家に決まっているさ…仮に、その場で、断れば、相手の面子を潰すことになるさ…オマエにも、その程度のことは、わかるだろ?…」  「…ハイ…」  「…だからさ…」  私が、言うと、今度は、  「…」  と、バニラが、黙った…  「…」  と、反応せんかった…  だから、  「…バニラ…聞いているか?…」  と、言ってやった…  まさかとは、思うが、聞いてなかったら、困るからだ…  すると、  「…聞いてます…お姉さん…」  と、すぐに、返事が返って来た…  「…葉敬が、絡むなら、協力します…」  と、続けて、言った…  私は、すぐに、ピンときた…  すぐに、気付いた…  それは、葉敬の名前を出したからだった…  このバニラは、葉敬の愛人…  葉敬にべた惚れしている…  だから、だった…  私は、それに、気付くと、  「…だったら、頼んださ…」  と、言った…  「…ハイ…わかりました…お姉さん…」  バニラが、素直に答えた…  不気味なほど、素直に答えた…  そして、電話を切った…  電話を切ったのだ…  これで、とりあえず、手は打った…  私は、思った…  思ったのだ…  翌朝、葉尊とリビングで、顔を会わせた…  「…おはようさ…」  私が、夫の葉尊の顔を見るなり、挨拶すると、  「…おはようございます…お姉さん…」  と、葉尊が、返した…  だから、私は、それを、聞いて、  「…手は打っておいたさ…」  と、葉尊に言った…  夫に言った…  「…手は、打った? …お姉さん、どんな手ですか?…」  葉尊が、驚いて聞き返す…    「…アムンゼンのことさ…」  「…殿下のこと?…どういう意味ですか?…」  「…今度、リンが来日するとき、アムンゼンと、会わせるだろ?…」  「…ハイ…」  「…そのときに、マリアにいっしょに、来て、もらおうと思ってな…」  「…どうして、マリアに?…」  「…私がアムンゼンと二人だけで、リンと会うのは、マズいと思ってな…」  「…どうして、マズいんですか?…」  「…アムンゼンは、あの外見だ…3歳にしか、見えん…だったら、なぜ、私が、3歳の子供と、知り合いなのか、リンは、考えるだろ?…」  「…ハイ…」  「…だったら、親戚の女のコの友達とでも、言えば、いいかと、思ってな…」  「…親戚の女のコ?…」  「…現に、マリアは、歳が離れているが、葉尊…オマエの妹だ…そうだろ?…」  「…ハイ…」  「…だから、マリアを連れてきて、アムンゼンと友達だと言えば、いいと思ってな…」  私は、言った…  私は、夫に説明した…  すると、葉尊が、考え込んだ…  これは、私にとって、予想外…  想定外の出来事だった…  「…どうした? …葉尊? …なにを、考え込んでる? …私が、なにか、おかしなことを言ったか?…」  「…いえ、お姉さんは、おかしなことは、言っていません…」  「…だったら、なにを、考え込んでる?…」  「…マリアのことです…」  「…マリアのこと?…」  「…たしか、聞いた話ですが、殿下は、マリアを好きじゃ、なかったんじゃないんですか?…」  「…そうさ…」  「…と、言うことは、マリアも、それに気付いている?…」  「…そうさ…」  「…だったら、お姉さん…殿下をリンと会わせるのに、マリアがいては、マズいんじゃないでしょうか?…」  「…どうして、マズいんだ?…」  「…ずばり、嫉妬です…」  「…嫉妬?…」  「…マリアは、まだ3歳ですが、嫉妬深いです…殿下が、マリアを好きなら、なおさらです…普段、自分を好きだと言っている男が、他の女にデレデレすれば、マリアが、怒るんじゃないでしょうか?…」  葉尊が、言った…  考えてみないことを、言った…  これまで、この矢田が、考えてもみないことを、言った…                <続く>
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