未来への手紙

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「さてと、中身は何だろな」 ダンボールを開けると、可愛らしい花柄の包装紙に包まれた箱が現れた。 包装紙を綺麗に剥がして、いよいよ箱を開ける。 「ん?」 中には封筒と、更に小さな……やたら上品そうな箱が入っていた。 まずは封筒の方を開けてみる。 思った通り、それは母から私に宛てた手紙だった。 母の文字を、母の言葉を受け取るという初めての経験に少しばかり緊張する。 『19歳の誕生日を迎えたあなたへ』 そんな言葉から始まる母からの手紙。 まずは、娘を一人遺して死にゆくことへの懺悔が書かれていた。 元々は親子3人でささやかながら幸せに暮らしていたらしい。 でも、私が3歳の時に突然の事故で父は亡くなった。 その後、母は一人で私を育てる決心をしたが、程なくして重い病気が発覚した。 余命僅かで頼れる親戚も居なかった為、私は児童養護施設に引き取られることになった。その経緯が、謝罪の言葉とともに書かれていた。 (そんなに謝ってくれなくても、私は別に自分が特別不幸だと思ったことは無いんだけどな) 胸の奥に湧き上がる不思議な感覚を持て余しつつ、私は2枚目の便箋に目を通す。 そこには、父の人柄や父と母の馴れ初めについてが書かれていた。 出会いはとあるジャズ喫茶。 そこでアルバイトをしていた母と、客として訪れた父が出会い、恋に落ちた。 父は大らかで優しい人だったらしい。傷付きやすくて泣き虫な母はいつも父に慰めてもらっていたとか…… 「……」 少女漫画じみた惚気話が続いていたので軽く読み飛ばす。 とにかく、母が父のことを心の底から愛していたことは伝わった。 そうして3枚目の便箋に目を通す。 そこには、結婚して私が生まれてからの母の思いが綴られていた。 本当に幸せだった。 家族3人で生きて行きたかった。 娘の成長を夫婦で見守りたかった。 叶わぬ願いがこれでもかと綴られていた。 そして最後に…… 『一緒に時間を過ごすことは出来なかったけど、どうか心に留めておいて下さい。  あなたが生まれてきたこと、私達の娘として生まれてきてくれたことを、  心から感謝しています。ありがとう。愛してます』 そう締めくくられて、手紙は終わっていた。 胸の奥に湧いた不思議な感覚が、さっきよりも少し大きくなっているような気がした。 そんな中、手紙の後に同封されていた写真の存在に気付く。 「これ……私、たち?」 それは赤子を抱く若い夫婦の写真だった。 すやすやと眠っている赤ちゃんと、満面の笑みを浮かべる夫婦。 「これが……お父さんとお母さん?」 はっきりと両親の顔を見るのは初めてだった。 ずっと、彼らのことはただの情報として名前を頭に入れていただけだったから。 写真の中の夫婦は本当に幸せそうだった。 素敵な家族写真だと思った。 そう思うと同時に胸の奥の不思議な感覚が弾けた。 温かい気持ちと痛いくらいの切なさが同時に込み上げる。 それに応じるようにして目に涙が浮かぶ。 が、私はそれを意志の力で抑え込んだ。 ここで涙を流すわけにはいかない。 それをしてしまうと、長い間自分を保っていた何かが壊れてしまうような気がした。 だから、涙は流さない。 「……」 目を閉じて深く息をする。 感覚が落ち着いてきたところで目を開ける。 それから、手紙とともに同梱されていた小さな箱に目を遣った。 あからさまに上質な様子から、何となく中身に察しはついていた。 「ああ……やっぱり」 箱を開けると、そこには二つの指輪が収められていた。 父と母の結婚指輪だ。 更に箱の中に小さなメモが残されていた。 『もし良かったら、将来人生を共にする人が現れた時にこの指輪を分け合って下さい』 それを見て、少し笑ってしまった。 私は生まれついて情が薄い。だから人を愛せない。生涯一人で生きていく……幼い頃からそう決めていたから。 この考えをいきなり変えることは出来ない。 でも、母の思いはありがたく受け取ることにした。
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