⑤結婚準備、始動

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「いえ。食事は終えたばかりなので遠慮します。この後も用がありますので」 尚登のまるで嘘の返答に陽葵は「ん?」と思うが口は挟まなかった。 「え、そうなんですね……」 男性は言いながら視線を落としていた、尚登が手に提げている紙袋が目に入る。ホテルの名前に納得した。 「あの、後日でも……お名前とか連絡先とか、教えていただくことはできますか?」 「いえ、お礼など要りません、どうしてもというなら駅員さんにしてあげてください」 そんな言葉だけは笑顔で言って線路側に向くと、もう声はかけるなと言わんばかりのオーラを放つ。でもとなおも食い下がろうとする男性を陽葵は無視できないが、尚登の腕の中で小さくなり自分を消した。 尚登の冷たさは理解できた。いつ来るとも判らない自分たちをこの男性はずっと待っていたのだ、何日、何時間いたのかは判らない、だからこそその異常さが判る。 電車がやってくる放送が入る、入線する前に尚登は背後に「じゃあ」と声をかけた、男性は何度も頭を下げありがとうございましたと声を張り上げる。 やってきた電車に乗り込んだ、席はそれなりに空いていたが尚登は選ばず対面のドアの脇に、陽葵を隠すように立った。 「やべえな、あいつ」 小さな声で言う、陽葵もうんうんと頷いた。 走り出してから尚登は背後を確認する、男性がホームから元気に手を振っているのを見てホッとしたくらいだ。 もしかしたらついてくるかもしれない、同じドアからじゃなくても別のドアから乗り込みついてくるかと思ったが、そこまでではなかったのは安心した。 どうも妙な人間に好かれるのは、尚登も陽葵もだ。
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