遺品整理

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 線香のにおいがした。  昨今は供養の際に線香に火をつけることは推奨されていないが、祖母は毎日毎日仏壇に線香をともしては、手を合わせている。  その香りの中、祖父のタンスの中身を皆で分けていた。 「これ、稀少な歴史資料にはなりそうだけど……」 「稀少価値高かったとしても、どこに寄贈すればいいのかわからないもんねえ……」  祖父は明治時代に創設された店を代々切り盛りしていたが、自分の代で誰にも跡を継がせることなく店を畳んだ。そのときに出てきた帳簿には、明治から昭和にかけての有名人の名前も出てくるものだから、これを誰かに鑑定してもらったら付加価値でも付くんじゃないかと思うが、その帳簿をどうすればいいのかわからず、結局はシュレッダーにかけて捨てることになった。  遺品整理は重労働だ。休みの日に親戚一同でタンスの中身を検めて、捨てるものと残すものに分ける。  既に金品は皆で分配したものだから、あとは古い書付を残すべきか捨てるべきかを確認し、祖母にも了解を取ってから処分を決める。  何分店を閉める際にかなり在庫を処分したものだから、残しているものは紙ばかりで、金目のものはもう残ってない。それでも友人知人の連絡先を捨てたら困るだろうと、皆で集まって整理をしないといけなかった。さすがに祖母ひとりで処分するには物が多過ぎる。  ガヤガヤと整理をしている中、私は古いノートを見つけた。黄ばんではいるものの、紙質はいいのだろう。触るとつるつるしている上に、中身はペンで書いてあるらしいが、普通に読めるものだった。 「これ、おじいちゃんの日記?」 「あらまあ、ここにあったの」  一生懸命捨てると決めた紙類を紐で縛ったりシュレッダーにかけたりしていた祖母はひょっこりと顔を覗かせた。 「あの人、このノートをちっとも見せてくれなくってね。でもときどき中を見ては笑ってたのよ」 「そんな妄想書きつけてたの……あれ?」  どの年代にもスケベなこと考える人はいるんだなとあきれて中身を覗いたものの、どうも様子がおかしい。 【〇年〇月〇日、政権交代】 【×年×月×日 食中毒騒動。生野菜が売れなくなる】  一部は年表みたいで、日記に書かれているのはその日にあったらしい事件が書かれているけれど、書かれている日付と日本史の授業で習った日付とか合わないのだ。 「おじいちゃんこの頃からボケてたの? なんか日付が無茶苦茶おかしいのがあるんだけど」 「あら? それ多分おじいちゃんの夢日記じゃない?」 「夢日記?」 「あの人、ときどき予知夢を見ることがあったから。夢で見て面白かったことや覚えていることを書いてたら、数年後に起こることがたまにあったの。最初は映画で見たことを頭のどこかで覚えてたんだろうって言い合ってたんだけど、有名会社が親子喧嘩が原因で会社が分裂するっていう夢が本当になったときは、さすがにこれは本物の予知夢ではないかって騒ぎになったのよ」  そんなこと今初めて知った。  パラパラとめくっていたら、【〇〇株大暴落】とか【減税】とかいろいろと書かれている。 「面白そうだから持って帰っていい?」 「いいけど」  もし株で大暴落する直前に売りぬけば助かるし、逆にこれから受ける株が買える。しかもこれが祖父の予知夢によるものなんだから、誰もなにも文句は言えない。  私は単純に「面白そう」だと思ってその日記を手に入れたのだった。 **** 「そうは言っても。ほとんどは身内の内輪ネタだなあ」  そりゃそうだ。日記に書くのは基本的に自分語りであり、夢の内容だってよっぽどのことがない限り夢を見ている祖父のわかる言葉で書いている。  祖父の好きな女優やら、祖父の嫌いな近所のケチな客やらの話を読み、いったいどんな夢なんだろうなと半笑いになり、だんだん眠たくなってきたとき。  なにげなく捲ったページに「うん?」となったのだ。 【ハロウ彗星衝突で大惨事】  ハロウ彗星ってなんだろう。ハレー彗星のことだろうか。ハレー彗星だった場合、たしか次にやってくるのは三十年以上後だったはずだ。 「じいさん、なんでそんな中途半端な間違いを日記に書いたんだろうなあ」  三十年後の彗星の話をされても、さすがに三十年後は自分も生きてるかどうかわからないしなあ。  速攻でなかったことにしたが、次の日ネットニュースを見ていて、目を疑った。 【次回彗星群紹介  次にやってくる流星群は、一部彗星として地球に近付くそうです。  地球付近にやってくる彗星はハロウ彗星と呼称されるそうです】  それを見て絶句した。  ハロウ彗星ってネーミングには【安直】【ハレー彗星と変わらんし】と揶揄されている。  その中で一部の天文学者は【地球接近にともない、一部国家では水位が移動したり、万が一落下してきた場合は大変なことに……】とざわついている。  それで私は思わず調べはじめた。  落下するのはどこだと。  やがて、しょっちゅうSNSで科学的事象を発表している科学者が声を上げていた。 【首都圏は水没するおそれがあります。首都圏滞在の方は、避難もしくは高所に移動を開始してください】  うちは首都圏から程遠い地方であり、その辺りはほっとしたものの。  首都圏で働く様々な人が大騒ぎしはじめた。 【これインフラ一部飛ぶんじゃねえの?】 【データなんて物理的にどうやって移動させんだよ】 【サーバー、どうやって移動させるかな。うちもそこそこ高所にあるとはいえど、水没して電気通らなくなったらおしまいなんだが】 【首都圏に全部揃えるのやめろって前々から言ってただろ】  阿鼻叫喚ってこのことを言うのかというくらい、インフラ整備の人、医療関係者、ITビジネスの人が大騒ぎをしていた。  私はおじいちゃんの日記を見た。 「ねえ、あと一回くらいなんとかなる方法ないの?」  探してみたものの、めぼしい情報は日記には書かれていなかった。 <了>
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加