ニューサイエンス大学付属高校・野球部

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ニューサイエンス大学付属高校・野球部

 甲子園初出場の我が校は、1回戦で優勝経験のある強豪校と対戦することになった。抽選結果を知った部員たちは、その時点から敗北感を味わっていた。そんな時、監督は野球部員全員を集め、ブラスバンド部部長、応援団部部長、チアダンス部部長、系列大学の野球部員を呼んで、大ミーティングを行った。 「甲子園の初戦は、春夏合わせて優勝10回を誇る強豪校となりました。我々、野球部員の力だけでは突破は難しい対戦です。そこで、応援してくださる皆さんにもご協力いただいて、第1回戦に臨みたいと思います!」 すると、拍手が沸き起こった。この時から、僕ら野球部員は学校をあげてのサポートを受けながら、甲子園に向けての準備をすることになった。  我が校は科学技術系大学の付属高校であり、高校のカリキュラムも科学系に力を入れている。時には大学と連携した実践的な学習も行う。今回の夏季大会に当たっては、大学の運動医学部と脳科学部が開発した新しい練習を取り入れた。試合中にも緊張せず、平常心を保つことで最高のパフォーマンスを引き出す方法である。そのおかげで、我が校は甲子園初出場を勝ち取ったのだった。  相手校の試合の映像を見て研究するのは、どこの高校でもしていると思うが、我が校では大学の運動医学部が研究の一環として各校から選抜した選手の体の動きを分析している。特に、投手の身体能力と制球能力、そしてスタミナの持続時間を計算してタイミングを判断したデータを提供してもらい、長打につなげるヒッティングを練習している。また、守備にも注目し、各選手が苦手とする位置に打球を返すのも念入りに練習してきた。甲子園で対戦する強豪校の投手は制球力も球速もあり、春の選抜大会でも好投し、大会を通じて失点はわずか3点で優勝を勝ち取っていた。このような選手だから、運動医学部の研究の重点対象となっていた。この選手の研究成果は、我々野球部とも共有されてきたので、これまで半年間の練習に活かされている。  もちろん、自分たちのプレーも録画して、運動医学部に解析してもらっている。各自、解析結果を反映した弱点克服に取り組んできた。今大会では、これに脳科学部の研究成果を加えて、より集中力を高める精神的練習も行っている。脳に自らある刺激を与えて、動体視力を高めたり、目測距離を正確にしたり、チームプレーの一体感を強固にしたりしてきた。脳に与える刺激は個人差が大きいので、事前調査を行って各自の刺激を特定した。これをデータ化しておくことで、投手の球種の選択や、選手交代のタイミングが効果的にできる。  甲子園出場を決めた後、監督と学校側で綿密な打ち合わせが行われていることは知らされていた。それが、今日の組み合わせ抽選会をうけて発表されたのである。明日の練習から、ブラスバンドと応援団とチアが加わる。ブラスバンド部は相手チームの応援曲を演奏し、それとともに応援団やチアが相手チームの攻撃を盛り上げる演出をする。守備練習中は常に、これらの音が鳴り響く状況である。この環境での守備練習によって、相手校との試合を日常的に模擬体験する。つまり、実践に近い環境で守備を磨くことになる。  攻撃の練習時にも、ブラスバンドと応援団とチアが加わることがあった。特にブラスバンドは部員を入れ替えながら、攻守全ての練習で演奏してくれた。それは、攻撃時の応援楽曲の難易度が高いためでもあった。野球部員にとって難易度はよくわからないが、監督とコーチから「音をよく聞いてタイミングを取れ」と言われた。知らない曲もあったが『テイク・ファイヴ』『ミッション・インポッシブル』『ゴジラのテーマ』、ホルストの『火星』くらいはわかった。どれも応援では、ほとんど聞かない曲だった。ブラスバンド部も同時に練習しているという感じで、リズムにハマってくると快感さえ覚えるようになった。  いよいよ第1回戦まで2日となった日、大学の野球部と練習試合をした。甲子園の模擬練習として、応援団も入れての実戦形式で行った。相手校の応援に心が乱されないよう集中力を高め、一挙手一投足の細部にわたって神経をとがらせ、練習成果を確認した。  初戦前日は、今までの練習の成果の確認、試合の進め方のミーティングを行った。監督が戦略を明かした。 「みんな、明日の試合は『あと一回』あると考えて臨んでほしい」 ベンチ入りする全メンバーの目が見開かれた。どういうことなのかと、説明を待っているという顔だった。 「つまり、10回まで戦うことを前提で試合を展開したい」 その場に緊張が走った。 「5回終了時のクーリング・タイムまでを前半、それから10回までを後半と捉える。投手の交代は前半2名、後半2名と考え、故障などなければ、それぞれ2イニング半の投球とする」 投手陣が頷き合っている。 「相手打線を封殺するためには、リズムを崩した投球が有効と判断した。ブラスバンド部の協力で、投手にも変拍子が定着したと思われる」 投手陣は顔を見合わせていた。 「相手の応援楽曲に左右されず、我々の応援楽曲のリズムを頭に置いて投げてほしい。よろしく頼む」 監督はそう言うと頭を下げた。 「これまで運動医学部のご協力によって、相手校投手の分析はかなり正確にできていると思う。あの投手を攻略するには、我々が打席をつなげる力をつけなければならなかった。この点については、まだ若干の心配が残るので、9回までに点を取れなくてもいいという判断を下した。相手に点を与えない0スコア、あるいは同点で9回まで持ちこたえ、10回のタイ・ブレークで得点すればいい」 場がざわついた。監督はざわつきが静まるのを待って、次の言葉を発した。 「相手は後攻を選んでくる。だから我々は1点で逃げ切る作戦で行く!」 「おぉーーー!!!」 ベンチ入りメンバーだけでなく、部員全員が歓声を上げた。
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