2人が本棚に入れています
本棚に追加
悪い夢
それは10年前に遡る。
当時私は まだ子どもだった。
私の周りも 子どもだった。
子ども故に 寂しがり屋で
子ども故に 善悪の判断を時々間違えた。
その年 私の学校に若い女の先生が赴任してきた。大学を出たばかりの彼女は、とても綺麗で優しかった。校庭のうさぎを眺めるのがとても好きな人だった。
私は彼女を好いていた。
きっと私以外にも、彼女を好いた人間はいただろう。だけど恐ろしいもので、どんなものにでも敵意を向けるものはいる。とりわけ柔くて弱いものに狙いを定め 袋叩きにする。まるで玩具を粉々に壊すように。
彼女の文具がなくなったり、暴言が聞こえたりしていたものが、彼女の財布から札が何度も消えたり服が破かれたりするうちに、雲行きは怪しくなった。私は知っている。彼女は気を張っていて、子どものいないところで咽び泣いていた。この状況が、異常であることは分かっていた。
「先生 大丈夫?」
だからあの時、声をかけたのかもしれない。
血まみれになった白ウサギが、彼女の腕の中にいた。
彼女は微かに私の名を呼び、下を向いていた。
おしえなきゃ・・・・
何を言っていたかは忘れてしまったけれど、私は彼女の顔を見ることができなかった。
なんとなく恐ろしい気がしたのだ。
次の日 彼女は時間になっても現れなかった。
子どもだけで時間を潰していると、ドサッという鈍い音がした。
窓側に座っていた子どもが叫び声をあげる。
他の大人が飛び込んでカーテンを閉めた時、もう大半の子どもは忘れたくても忘れられない光景を見てしまっていた。
その日は、裏門から保護者がごった返して迎えにきた。迎えを待つ間、何人かの子どもは震えていた。
あぁ あいつらがやったんだ
子どもながらにそれは理解した。
数カ月後 進学した私は彼女の病室を訪れた。
彼女は私の名前を呼ぶ。それは元の優しい声だった。近況を聞かれ、私は答えた。
ある家の子は
黒い獣の影が見えると怯え、外に出ていないこと
ある家の子は
実名を公表され家ごと何処かへいなくなったこと
ある家の子は
狂ったように逃げ回り、そのまま落ちたこと
彼女は そう と、安心したように答えた。
その穏やかな顔が見たかったのだ。
私は彼女の手に視線を落とす。
そこには雪色のウサギが抱かれていた。
「こうするしかなかった。こうしてよかったの。」
私は目を覚ます。
そこはいつもの部屋。
手には、色々な感覚が残っているが、何が本当なのかは分からない。
子どもの頃の記憶など、そんなものなのかもしれない。
あの日以来
ウサギが抱けなくなった。
なぜなら
たまに夢にみるのだ。
最初のコメントを投稿しよう!