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高台には住宅街があり、桜介の住むアパートはその一番手前だ。モスグリーンの壁に茶色の屋根、窓の桟と玄関ドアは白というアメリカンスタイルだ。二階建てで合計8室というこじんまりとした造りのそれは、築三年というからまだ真新しい。
こんな不便な場所にどうやって建築したのか、その工法を話題に盛り上がったのも、今では遠い昔のことのようだ。
桜介の部屋は確か二階の奥から二番目……
私は階段の上り口に回り込む。胸の鼓動を落ち着けながら上りきり、二階の共同通路に足を踏み出した。
その時、目当ての扉を開けて姿を現した人物があった。
明らかに女性の風貌のそれに、呼吸が止まる。
この展開は正直予想していなかった。
しかし、そうだ。桜介に部屋を訪れる女性がいたとして、何らおかしいことはない。
むしろ、彼女の一人や二人いて当然だ。
私は咄嗟に後ろ足を引き、回れ右をした。
「あらっ、のりちゃんじゃない?」
愛称を呼ばれたことに驚き振り返れば、長身の女性がこちらを向いて手を振っている。
「やだ、久しぶりい。もしかして、桜介のお見舞いに来てくれた?」
よく見れば、見覚えがある。桜介の母だ。
「お、お久しぶりです」
「まあまあまあ、綺麗になっちゃって! やっぱりいいわね女の子は」
彼女は私に走り寄り、手を引く。
「桜介を呼ぶからおいで」
若々しい彼女の茶色の巻き毛からいい匂いが香った。どこか懐かしいその香りに、足が緩む。
「……あの、その、桜介くんの具合は?」
「もうすっかりいいのよ。風邪気味のところに賞味期限の切れたお惣菜を食べたらしくって胃腸炎を併発してね。ちょっと点滴を打っただけ」
片手で鍵穴に鍵を差し込み、ノブを引く若々しい横顔を見つめながら、私はどっと冷や汗をかく。彼女のテンションの高さに気圧されて、さっきまでの勇気がみるみるうちに萎んでいく。
「あの、おばさん、やっぱり日を改め……」
「桜介! のりちゃんが来てくれた! のりちゃんだよ!」
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