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おばさんは桜介を見上げた後にちらりとこちらに視線を寄こした。そして、なにかを察したように小さく頷くと、歩き出す。
「あ、はーい。帰ります。じゃあね、のりちゃん。また家にも遊びに来てね」
そう言ってそそくさと脇を通り抜けていった。
途端に心細くなった私はその姿を目で追う。
「佐倉さん、えっと、中入る?」
私は鞄の持ち手を握りしめながらぎこちなく振り向いた。
「身体の方は大丈夫なの? 入院したって聞いてそれで……」
「うん。中入る?」
「あ、あのさ、ずっと休んでるから、ノートのコピー持ってきたんだけど」
私はクリアファイルを差し出す。しかし、桜介はそれを取ろうとせず、扉を大きく開いて部屋の中を指さした。
「あ、わざわざありがとう。中入る?」
微妙に会話がかみ合っていないが、どうやら部屋に入ってほしいようだ。
玄関で事を済まそうと考えていた私は戸惑うが、ここまで言われては断るのも気が引ける。
「あ、うん。じゃあ、お邪魔します」
桜介は玄関で靴を脱ぐ私を見守ると、扉を閉めた。
「まっすぐ行っていいよ」
おずおずと前へ進み、グレーのラグが敷かれた部屋へ足を踏み入れる。
引っ越しの際に目にしてはいるが、あの時の様子とはずいぶん違う。
壁の前には家具や家電が配置され、窓にはカーテンも取り付けられている。所々に無造作に置かれた服やらペットボトルが生活感を放っていた。
「そこ座って」
桜介の言葉に従い、テーブルの傍に腰を下ろす。
「なんか飲む? 水とスポーツ飲料と緑茶があるよ。緑茶は水出しのだけど」
「持ってるからいいよ。お構いなく」
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