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上に視線を向ければ、胸のあたりにとぼけた鳩をモチーフにした校章があり、その真下には白い糸で『千田』と刺繍されている。
唖然と見上げる私を見下ろし、桜介は気まずげに頭を掻いた。
「相変わらず部屋着にしてるんだ。体操着」
「中学んときのはさすがに捨てたよ。丈が短かったし」
「ははっ」
「笑わないでよ。はああっ、もうっ、台無し!」
桜介はどかりと床に腰を下ろすと、頭を抱える。
「佐倉さんがいきなり来るから! 予習は完ぺきだったのに!」
「予習? ……何の?」
「……及第点をもらうための」
はて?
私は首を傾げる。私が桜介の何を採点するというのだろう。
桜介は前髪を摘み、唇を突き出した。
「ほら、この髪もさ。やっと伸びたからパーマをかけたんだよ。佐倉さん気付いてくれてたよね?」
私は無言で眉を寄せた。桜介は焦れたように言う。
「『テンズツ』の御堂だよ!」
私はポカンと口を開け、桜介を見返した。
「えっ、佐倉さんの推しでしょ? 天界カレッジ編で中級天使に昇格して髪を切ったじゃん! ラヴィアンローズの御堂だよ! え? まさか推し変? そんなわけないよね?」
「あっ、へえ、髪切ったんだ、そうなんだ、知らなかった」
「えええつ! まさか新シリーズ読んでないの? 紙はともかく電子も追ってないの?!」
桜介は信じられないという風で、首を左右に振る。
「嘘だろ。リアタイしてないなんて、佐倉さん、まさか本当に卒業しちゃったの?」
「いや……その、そういえば忙しくって最近追ってなかった、なー」
ちなみに『テンズツ』とは、漫画『天使に頭突き』の通称だ。
天使にスカウトされた人間の若者たちが悪魔と戦いながら友情と愛を育むバトル漫画である。高校時代、私と桜介が夢中になって追っていた作品だ。
桜介との連絡が途絶えてからは、意識的に遠ざけていたのだが。
「マジか……なんだよ、これまでの俺の努力はなんだったんだ?! 全然報われないじゃん」
桜介はがばりと顔を上げる。
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