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為す術もなく固まる私の唇に花びらのようにふわりと何かが触れ、そっと離れる。
長い睫を伏せ、頬を桜色に染めてはにかむ顔を見つめながら、私はぼそりと呟いた。
「……ファンサが過ぎるでしょ」
「それってさ、……俺が佐倉さんの推しってこと?」
上目づかいで訊ねる推しのご尊顔を拝みながら、私は放心しながらも小刻みに頷く。
桜介は満開の笑顔を見せ、よっしゃああとガッツポーズを作った。
「ついに、やったぞ――――!!」
いつから私をそういう対象として見ていたかはわからない、と桜介は言った。
「けど、何かをするとき、先のことを考えたとき、そばにいてほしいのは佐倉さんだった」
そのうち、推しを見る、あの熱っぽい視線を、自分に向けてほしいと願うようになったという。
私たちは蜜のように蕩けた視線を交わす。
それでも気恥しさは拭えずに、とりあえず明後日に再会の約束をして、私は桜介の部屋を去った。
名残惜し気に見送る桜介の視線がこそばゆい。
コンクリートの階段を浮つく足でゆっくりと下る。
胸の中で騒ぎ暴れる感情を落ち着けるため、途中で止まって深呼吸をした。
足元を見れば、階段の踏面に小さな桜色の花びらが数枚落ちている。来た時より少し強くなった風が、河川敷の桜の花びらをここまで運んだのだろう。
私はそれを拾い上げ、鞄から取り出したA5判のクリアファイルに挟んだ。
傾き始めた太陽にかざし、口元を緩ませながら鞄に仕舞う。
そっと振り仰げば、アパートの通路から桜介が身を乗り出していた。
私が大きく手を振ると、桜介も振り返す。
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