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涙ぐましくも無駄な努力である。
私は弱虫で無様だ。
まだ彼の中に自分が残っていると淡い期待を抱きつつも、怖くて確かめることができない。
冷たくあしらわれ、打ちのめされるのが怖かった。
イケてる彼の友人たちに嘲笑を含んだ表情で見下される場面を想像し、恐怖に身が竦んだ。
私は空になった弁当箱を鞄に仕舞うと、重い腰を上げる。午後の講義が休講になってしまったので、夕方からのバイトに備えて帰宅することに決めた。
春の陽気にあてられたように響く明るい声を聴くと、ますます己が惨めになる。
私は、学生たちがたむろする桜並木を避けるように裏門へと向かった。
私のバイト先はアパート近くの商店街にある小さな蕎麦屋である。
カウンター席とテーブル席が三つというこじんまりと庶民的な雰囲気の店舗だが、蕎麦は絶品だ。紅しょうがの入ったかき揚げが乗った狸蕎麦が名物である。
蕎麦が好きだという桜介をいつか招待したかったのだが、叶いそうもない。
高校時代、家族が留守がちな桜介のマンションに入りびたり、ひたすらヲタ活に勤しんだ。お互いの得意な教科を教え合い、受験も共に乗り越えた。
ともかく、三日と置かずに一緒にいたのである。
休日、桜介の家へ向かう道すがらコンビニに寄り、場所代としての昼食を買う。桜介がリクエストするのは、カップ蕎麦と明太子のおにぎり三個。それが定番だった。
「あっさりとこってりの絡み具合が絶妙。昆布とカツオのダシが旨い。水筒に入れて持ち歩きたい」
眼鏡を曇らせながら蕎麦をすするじじむさい同級生に、毎回笑った。つんつるてんの中学のジャージを部屋着にし、長い前髪を目玉クリップで留めて寛ぐ桜介の傍は居心地がよく、飾らずにいられた。
地味でダサいと評されていた同級生は意外にも饒舌で、優しい気づかいもできる男前だった。
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