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翌週、意気揚々と向かったキャンパスで妙な違和感を覚えた。
あの、見たくなくとも目の端に入ってきてしまう映像が、聞きたくなくても耳に入りこんでくる声が、ぱったりとなくなったのだ。
残像残響さえ感知しない。
私は、桜介がいつも一緒にいるグループを遠くから観察した。
相変わらず派手なその一団の中に、ベージュカラーの頭は見当たらない。
……風邪でもひいたのかも。
そう、一昨日は花冷えのする日だった。商店街の出口にある桜が、冷えた空気の中でじっと咲き誇っていた。バイト帰りの私は、自分の吐く白い息越しにそれを見上げ、コートの襟を掻き寄せた。
学校はつまらないと零しながら皆勤賞を誇っていた桜介だが、調子に乗って薄着をし、体調を崩すことがまれにあった。春の陽気につられて上着を着ずに出歩いたのかもしれない。
私はスマホを取り出そうとして、直ぐに思い直す。桜介の連絡先を先週末に削除したことを思いだしたのだ。
それに、一年以上連絡を取り合っていない人間からいきなり連絡がきたところで、桜介は戸惑うだけだろう。そうして、返信がなければ、私はきっと海より深く落ち込むのだ。
危険を回避できたことに安堵し、私は週末に下した英断を自ら讃えた。
「桜介くんまだ休んでるの? 長いね。今日で四日じゃない?」
講義後のざわめいた教室の中、私の耳が『桜介』の名前を聞きとめる。
後ろの席で桜介の友人たちが集まって話しているようだ。
「おう、どうやら風邪をこじらせて入院してたらしいぜ」
私は動揺し、手に持っていたペンを弾き飛ばす。床に落ちたそれを拾いながら、話の続きに耳を澄ました。
「マジで?!」
「今はアパートに戻ってるみたいだけど」
「ええ、心配だね……舞花、お見舞いに行ってこれば?」
唆された女子が、拗ねた口調で返す。
「だってぇ、桜介くんのアパート知らないんだもん。誰も教えてもらってないよね?」
途端に鼓動が跳ねた。
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