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――桜介はもう自分とは住む世界が違うんだから。
そう何度も自分に言い聞かせた。
けれど、どうしても割り切れなかった。
心からそう思えるようになるには、きっと長い時間を要するだろうことがわかっていた。
少しばかり見栄えが良くなったからと勇んで参加したコンパでも、桜介ほど話の合う男子はいなかった。無理して笑い、媚びを売る自分が気持ち悪くて、嫌気がさした。距離を詰められるとのけ反って、触れられるとゾッとした。
その度に桜介のことが頭に浮かぶ。ぼさぼさだが柔らかい髪の感触や、意外に大きな手や、やんちゃな八重歯が恋しくなるのだ。
友人だった頃には感じなかった切ない想いが胸を焦がす。
連絡先を削除しても、消せない。
私の五感は桜介を感知してしまう。
その姿を、声を、どうしても追ってしまうのだ。
まるで、満開に咲き誇る桜のように。
桜介の存在は私を魅了して止まない。
ずっと傍で咲いていてほしいと願ってしまう。
私は駆けながら、キッと前を向く。
――だったら、木っ端みじんに砕け散ろう。
この胸に芽生えた淡い期待ごと、ばっさり切り捨ててくれたらいい。
いつまでも過去にしがみつく鈍臭い女を、迷惑そうに見下してくれればいい。
そうすれば、諦めがつく。
薄情なかつての友人に散々文句を零しながら、干からびるまで泣いてやる。
そうすればきっと、この鬱屈したウンコみたいな思いを、漸く手放すことができる。
正門に続く通路には、桜の花びらが降り注いでいた。
ひらひらと壮絶に美しい光景の中、私は走る。
未練を断ち切るために傷を負うと決めた私の衝動を、
煽るように桜は舞っていた。
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