プロローグ  初恋

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プロローグ  初恋

 郷愁を具体的な言葉にすれば、それはとても陳腐になることが常だ。  己がその年齢に達したことへの寂寥感が過ぎ去った時を神聖化して、それらを必要以上に美化するからだ。  人は、時代の当事者として青春の一ページを現在進行形で捉えているときに、それが将来、郷愁と共に懐かしげに思い返されることを想像もし得ないし、さして重要なことだとも考えない。  しかしあるとき、ふと立ち止まって大きく息を吸った瞬間に、それこそが『若さ』だったと気づくのだ。  もう、とうにセピア色になってしまったあのころ。  背伸びをしてあのシーンを描いた当時十七歳の私は、本当にこの『見知らぬ街角』で彼女と再会するなど想像すらしなかった。 「(あゆむ)くんね? 私のこと、覚えているかしら」  一瞬で私をあの空の下へと連れ戻した、その柔和な声音。  ああ、忘れるものか。忘れられるはずがない。  あのころ、私の心をこれ以上ないくらいにいっぱいに満たしていたあなたのことを。  ありがとうも、さようならも、ちゃんと言えないまま私の手の届かない所へ行ってしまったあなたのことを……。      高校一年生  一〇月
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