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『はぁい、どういたしまして。それじゃ、またそのうち。奥さまによろしく伝えてくださいねー。あ、それから、さっさと帰って来いって、そこで偉そうにしているウチの社長のほっぺをつねっておいてくださいな。はっはっはー! ではではー』
ワッピらしい、ケラケラという笑いを残してあっさりと切れた通話。
きょとんとした奏さん。
私が苦笑いして肩をすくめると、奏さんも呆れ顔でクスリと笑う。
そして彼女がそのスマートフォンをポケットにしまうのを見届けて、私はすっと息を吸って胸を張り、真っ直ぐに彼女に向き合った。
ゆっくりと上がった彼女の瞳が、あのころとまったく変わらない揺らめきで私を捉える。
「奏さん」
私は、その懐かしい呼び名で彼女を呼んだ。
私を見つめ返す、美しい瞳。
そして、いまもそこにある、あのときと変わらない優しい笑顔。
ああ、忘れるものか。忘れられるはずがない。
あのころ、私の心をこれ以上ないくらいにいっぱいに満たしていた、この笑顔を。
ありがとうも、さようならも、ちゃんと言えないまま私の手の届かないところへ行ってしまった、あなたのことを。
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