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おそらく、この高校三年生の息子にもかつての私と同じ『現在』があり、そしてそれがいつか時を経て、過去からの『光風の伝言』となって届くことだろう。
郷愁を具体的な言葉にすれば、それはとても陳腐になることが常だ。
己がその年齢に達したことへの寂寥感が過ぎ去った時を神聖化して、それらを必要以上に美化するからだ。
しかし、楽しかったことも辛かったこともそうして美化され、『記憶』から『思い出』へと昇華するからこそ、人は『現在』を活き活きとして生きられるのだろうと、私は思う。
ここで奏さんと出会ったことも、明日になれば思い出のひとつとなり、平穏な日常の一部となるのだ。
「よし、帰ろうか」
そう言って私は、振り返ったままの息子の肩を叩き、さて、彼女に偶然会ったことを話したら妻はどんな顔をするだろうかと、そんなことを楽しげに考えながら、再びゆっくりと歩き始めたのだった。
おわり
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