1、 5月 社員の女の子

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1、 5月 社員の女の子

「私たちの時代は最悪よ!」と母は言う。 「私たちは正社員という名の使い捨てだった。私は大学も出ていないから、5年も経てば、肩叩きよ。若くて可愛いだけが評価基準……違うわ!従順もプラスされていたのよ!」 この話をし始めると母は怒髪天だ。  「でも、お母さんは社内結婚でお父さんと結婚したじゃない」と僕が呆れて言うと、いつも母はいきり立つ。 「それはね、好きになっちゃったから!お父さんは、私を枠で嵌めなかった!」  僕は30代の独身。普通のサラリーマンだ。 イケメンでもなく、平均的な何処にでもいる男だと思う。真面目に仕事に取り組んできたお陰で昨年、僕は管理職の端くれになった。 設計三課のモデル班の班長という肩書がついた。 僕の両親は、僕が今務めている会社「神田製作所」の社内結婚だ。 「神田製作所」は、創業120年の大企業だ。親子して同じ会社の社員。これを社内の人間は『神田ファミリー』と呼ぶ。僕の父は子会社の社長だ。  母は、気が強い。高校までしか出ていなくても神田製作所を退職した後、入った企業で労働組合の幹部にまでなった。息子である僕、山口健太(やまぐちけんた)が32歳になった今でも、未だ活動家だ。  「男女共同参画」という言葉が大好物の母だ。普通の主婦のふりをしていたのは、一人息子の僕が生まれる前後の10年ぐらいだけだ。  こんな猛獣のような母親を持って、僕は逆に「普通の女の子」が好みになった。何回か恋愛はした。でも、結婚まで行きつけない。振られてばかりだ。  猛獣母は、この件については介入してこない。それは「男女共同参画」だからだ。結婚せねばならぬとは言わないのだ。自分の仕事に熱中して「孫!」なんて要求は絶対して来ない。
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