4、10月 高尾山

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 10月末に美沙は退職した。それまで忙しいと言って僕の家に来ることはなかった。11月の秋闘終了まで母の方も忙しかった。  やっとスケジュールの調整をして美沙が僕の家を訪れたのは11月初旬だった。僕の家は世田谷区の下北沢にある。古い大きな日本家屋だ。父は、所謂おぼっちゃまだ。僕もだ。  母は結構苦労した人だ。「家格が違う」と父と母は結婚を反対された。自分も結婚する時に嫌な想いをしたはずなのに、何故、母が美沙に対して不信感丸出しの見方をするのか僕には分からない。  当日の美沙は、着物姿で風呂敷に包んだ手土産を持参していた。玄関先まで出迎えた母はニコニコしていた。 「いらっしゃい。ゆっくりお話ししたかったのよ」 美沙は神妙な顔をして玄関先で母に頭を下げた。 「申し訳ありません。退職するまで引き継ぎ業務で忙しかったものですから」 「そう?派遣さんなのに、其処までこき使われるなんて健太の会社は酷いわね」  母は、最初から戦闘モードだった。 「派遣さん」はないだろう。僕は美沙をチラッと見た。美沙は気が付いていないふりをしていた。 「どうぞ。お上がりになって」と母は言うとスタスタと家の奥に入ってしまった。奥の客間では父が座って穏やかな表情で僕たち二人を待っていた。  父は、母が暴走しないように手綱を握ってくれた。母が、昼食の支度をしに、席を立った時、美沙も立ち上がった。 「お手伝いします」と美沙は言ったのに、母は暫く黙っていた。1分ぐらい。   その後に笑みを浮かべて「お着物が汚れてしまうわ。今日はお客様ですから、座っていて」と言った。  
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