6・痛む足

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◇◇◇  夕刻――晩餐用のドレスに着替えて食堂に向かえば、既に両親は席に着いていた。エステラは、扉の前で深々とカーテシーをする。   「遅くなってしまい、申し訳ございません。お父様、お母様、本日もご機嫌麗しゅう」    多少ぎこちなくとも教わった通りにすれば、彼らは微笑ましく迎えてくれる。   「あらあら。ふふ……はじめはどうなるかと思ったけれど、この様子なら大丈夫そうね」 「何を言う! どんな振る舞いをしたとて、エステラは愛らしく気品のある子だ。食卓をひっくり返したって構わんさ。さあ、まずは掛けなさい。立ったままでは疲れてしまうだろう」 「はい……ありがとうございます」    二人のやりとりに、ほっと心を癒されながら席に着く。  目の前の席で、ヴィオラスが胸に手を当てて丁寧に頭を下げる。   「王女殿下。わたくしも共に糧を得ることをお許しください」 「ええ。いつもお父様とお母様を支えてくれて、本当にありがとう」 「勿体ないお言葉です」    そうして、和やかに食事の席は始まった。この世界の料理なのか、この国ならではの料理なのか、数多くの香草と新鮮な野菜を使った料理が順に運ばれてくる。   (豪華なシャンデリアや上品な室内の様子から、ついこってりとしたお料理を思い浮かべちゃうけど……意外と体に良さそうなものが多いのよね。この前菜も本当に美味しい。見た目はこんなに華やかなのに。後でまた作り方を聞いてみよう)    目覚めた当初、体の為にと用意された薬膳さえ体に染み入るように美味しかった。印象に残った料理は、リュネットを通して料理長から簡単にレシピを教わっている。料理は、エステラにとって、前世で母の看護を通して得た趣味の一つだった。本当は自ら作れたら良いのだけれど、こうして作り方を教わるだけでも十分気晴らしになっている。  レシピには、丁寧に使われている食材の絵と、何故かいつも異国の言葉で書かれた詩が添えられており、それもまた一つの細やかな楽しみにしていた。  楽しい時間はあっという間で――。    デザートまで食べ終えた頃、ラグナルが「んん……」と咳払いをし、手を挙げて使用人達を外へ出した。   「エステラよ。今月の末にも、そなたと帝国第二皇子との会合の場を用意しようと思っておる。そのように心づもりをしておいてくれ」  帝国の話が出て、ドキッと胸が跳ねる。恐らく、この話をしたくて今日の席は用意されたのだろう。エステラは、姿勢を正し父の言葉を受け止める。   「わかりました。その……状況を、詳しく伺っても宜しいでしょうか? 私が、気を付けるべきことはありますか?」    ラグナルは、ふっと口元を優しく微笑ませる。よく見ると、目元には隈ができ、随分と疲れた様子だった。   「そなたが気にするようなことは何もない――と、言いたいところだが、それでは気も落ち着かんだろう。正直、芳しくはないな。帝国の使節をはじめ、王国の貴族達も皆一様に、そなたが帝国へと嫁することを強く望んでおる。そなたがいるだけでその身に授かる祝福の恩恵が受けられるのだ。無理もない。この国の者は、もはや帝国の駒だと思って良い。もし今、我らが奴らの望みを強く退けば、まさに村八分。兵糧攻めの憂き目にあうだろうな」 「そう、ですか……」  エステラは、思わず視線を下げる。王家とは言え、臣下や守るべき国民がいてこそ、その立場が守られる。けれど、講師達の様子から嫌でもわかってしまっていた。旧王家に従うものは、もうこの国にはいないのだと。それどころか、貴族としても非常に中途半端な位置にいるのだということも。  リュセルダが、エステラを労わるように視線を向ける。   「わたくし達もただ手をこまねいているつもりはないのよ? 幸い、民心はわたくし達にありそうなの。旧王家復活の披露目の式を終えたら、その後の動き次第では徐々に勢力を伸ばしていくことも、きっと可能だわ」    リュセルダは、現王家の王妃が主催する茶会などに出席し、一足先に少しずつ社交界へと参入していた。味方が誰もいないこの状況で、そのプレッシャーは計り知れない。けれど、そんなことはおくびにも出さず、こうしてエステラに優しい笑顔を向けてくれるから――エステラも、俯いてばかりはいられない。「……はい」と返事をし、母と同じように背を伸ばす。ヴィオラスも、リュセルダの言葉に頷きながら口を開いた。   「わたくしの方でも、かつての同盟国と再度交流を計れないか全力で調査をしております。上手くいけば、強い戦力となってくれるでしょう」 「かつての同盟国……それってもしかして、異種族の国のこと? でも、異種族はもう、この大陸にはいないんじゃ……?」    エステラの言葉に、それぞれが驚いたような表情を見せた。セレスティア王国の〝かつての同盟国〟と言えば、異種族の国を指すというのは王国史の授業で習った。何より、セレスティア王国が妖精と深く関わるようになったのも、種族を選ばず受け入れるこの国の初代の王の働きを妖精が認め、力を貸してくれるようになったことが始まりと伝わっている。けれど、それはもう神話のようなもので――異種族は、いつの間にかその姿を消したと聞いていた。  エステラが首を傾げていると、ラグナルは溜息交じりに答える。   「やはり、講師が現王家に連なる者達のみというのはいかんな。エステラよ。異種族の国は、今なおこの大陸に確かに存在しておる。奴らが見つけられないだけだ」 「えっ……! どういうことでしょうか?」    驚いてラグナルを見るが、ラグナルはヴィオラスに視線を送り、ヴィオラスが答えをくれた。   「元より、エルフやドワーフなどの異種族の多くは、人間を好ましく思っておりません。この大陸にいたとして、その高い魔力や能力で身を潜め、人の前に姿を現すことはないでしょう」    人の前に姿を現さない。けれど、それでは矛盾が生じる。エステラは、浮かび上がる疑問のままにヴィオラスに尋ねた。   「でも、私達が眠りにつく前は、セレスティア王国とは同盟を結んでいたんでしょう?」 「ええ、そうです。人間嫌いにも関わらず、わざわざ人前に姿を見せ、同盟まで組んでいました。それは、我が国が彼らにとってそれだけの益のある存在だったからです」 「益……?」  
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