6・痛む足

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 異種族に関する情報は、細かく教わっていない。それどころか、講師の言葉尻からどことなく彼らを見下している雰囲気を感じ――エステラは、深く尋ねるのを止めてしまっていた。ヴィオラスは、真摯に教えてくれる。   「表向き大きなところで言うと、技術の提供です。彼らは魔法に頼りすぎるきらいがあるので、医療技術、それから武具や魔道具の作成に関してなど、情報が遅れてしまいがちな所を補っておりました。しかし、裏向きには〝受け入れ先〟としての需要が高くございました」 「〝受け入れ先〟?」 「ええ。先程も申し上げた通り、彼らは基本的に人を嫌います。けれど、そんな中でも稀に、人と心を通わせる者が現れます。そうして産まれた子は、どうなると思われますか?」    尋ねられるが、エステラには見当も付かない。少し考えてはみるが、すぐに『わからない』という意図で首を横に振った。ヴィオラスは、片眼鏡(モノルク)を整えながら答える。   「容赦なく、国を追われます。下手をすれば、その一族ごと」 「えっ……! 半分は自分達と同じ血が流れているのに?」 「ええ。むしろ、だからこそ厭うのです。裏切り者だと。けれど、殺めることは気が咎める。だからと言って放って置けば、半分は自分達の血を持つ者が、人間の手により研究材料や奴隷としての辱めを受けてしまうかもしれない。そんな中、逃げて来た者達を暗黙の了解で受け入れ、真っ当な扱いをしてくれる国というのは、彼らにとっても必要な存在だったのです」    あまりの内容にエステラが言葉を失っていると、ラグナルがふんっと鼻で笑う。   「奴ら、自分達に見つけられぬものだから『もういない』と結論を下したのだろう。実に早計なことよ。そもそも、建国時の約束を違え帝国に与する王国など、彼らの嫌う〝裏切り者〟そのものだ。姿を見せようなどと、微塵も思わぬだろうな」    大陸にいながらにして、決して見つからない種族。魔力や能力が人間のそれを遥かに上回るほどの力を持つ存在なら、味方にすれば確かに大きな力となるはずだ。   「……姿を、現してくれるでしょうか?」 「鐘の音で我らが目を覚ましたことは伝わっているでしょう。この国を以前のような状態に戻そうとしていることが伝われば、国としては難しくとも、幾つかの一族は力を貸してくれるはずです」    目覚めた時に聞いた鐘の音は、そう言う意味があったのかと今更ながらに知る。ラグナルは、呆れたように告げた。   「しかし、このままではいかんな。何とか時間を捻出し、ヴィオラスをエステラの講師に付けたいところだが――今は集中して貰いたい仕事もある。ひとまず、今後すべての授業にリュネットを同行させよう。リュセルダ。そのように取り計らってはくれぬか?」    リュセルダは、頬に手を添え、困ったように眉尻を下げた。   「それが、リュネットにはあちらこちらで起こる侍女達の揉め事の仲裁に入って貰っていて……でも、他に適任者がいないか探してみましょう。ごめんなさいね、エステラ。あなたにばかり負担を掛けて。皇子達との会合にはわたくしも同席します。何も心配せず、あなたらしくいて頂戴」    その言葉にほっと胸を撫で下ろす。帝国皇子との会合は、エステラとしての初めての公務。足元を見られるわけにはいかないが、上手くやれる確証は何ひとつない。信頼できる人が側にいてくれるのは素直に嬉しい――けれど、いつまでこうして守って貰うことが出来るのだろうか。エステラは、おずおずと尋ねる。   「その……〝その後〟は、どうなるのでしょう?」    今時点でわかることではないかもしれない。けれど、想定だけでも知りたいと口にすれば、ラグナルは「うむ……」と低く唸る。   「一先ず、旧王家の披露目の式典までは、婚姻に関する決定は下さないつもりだ。けれど、そういつまでも(かわ)すことは出来まい。皇子達と会い、その後どの様に対応するかは……まあ、そなたの気持ち次第だな」 「……私の、気持ち、ですか?」    エステラは、目を瞬かせた。何故ここで、自分の気持ちが関係してくるのか。リュセルダは、慈しむような眼差しで優しく微笑む。   「私達はね、エステラ。もし、あなたがこのまま穏便に社交界に参入したいと言うのであれば、帝国の皇子の後ろ盾を利用してデビュタントを済ませてしまうのも、一つの手だと思っているの。話した限りでは、皇子自身は決して話の分からない者ではないようでしたし……。帝国に対しても現王家に対しても良い感情を持てないのは立場上仕方ないとして、ことはもう百年も昔に起きたこと。これからを生きるあなた達に、必ずしも禍根を残す必要はないと思うの」    リュセルダは、あくまでも冷静に未来を見据えて話しているようだった。確かに、個々人の視点で見た場合。彼らは、この百年で出来上がった思想や慣習に即して動いているだけなのかもしれない。現代の社交界の在り方に、こちらも合わせていく必要がある。けれど、ラグナルは尚も強く発言する。   「しかし、エステラがこの婚姻を望まぬのであれば、我らは断固としてこの提案を退ける! そなたの未来を犠牲にしてまで得たいものなど何もない」 「……でも、そんなことをしたら……」    旧王城の皆を危険に晒すことになる。だからといって軽い気持ちで応じてしまえば、もう二度と王国に――旧王家に帰って来られなくなってしまうかもしれない。帝国が、ここまでして得た祝福を、容易に手放すとは考え難い。そして、エステラが帝国にいる以上、旧王家は人質を捕られたようなもの。エステラ自身を見捨てることが出来なければ、恐らく現王家のように帝国に与して生きていくことになるだろう。  どちらがより良い選択なのか――エステラは、ぐっと拳を握る。そんな思いを全て見透かすように、ラグナルはにっと笑う。何も問題ないという表情で。   「心配するな。我らも決して弱くはない。ただ、選択肢があるということだけは忘れないでくれ」    出来る事なら、父や母、旧王城に住まう皆を危険な目に遭わせたくはない。俯くエステラに、ヴィオラスも励ますように声を掛ける。   「あまり、深く悩まれず、心のままにご決断ください。我らは、王女殿下の意思を尊重致します故」 「そうよ、エステラ。場合によっては、これ以上にない婚姻ということも考えられるわ。ただ、あなたの幸せが、わたくし達にとっては何よりも大切なのだと言うことを忘れないで頂戴ね」    エステラは、「……はい」と一言答え、それ以上は口を噤んだ。どうしたいのか。どうするべきなのか。テーブルの下ではズキリと……――また、足が痛んだ気がした。
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