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8・暴かれる真実
エステラは、湯を浴び体を清めた。
着ていたネグリジェは土で汚れてしまっていたので、借りた服を着ることにした。男性もののシャツに黒いパンツ。先程、セシルが着ていた物と同じものだ。
流石にサイズが大きく、エステラは固定する物を探した。テーブルの上に採寸用のメジャーが数本束になって置かれていたので、一本拝借して腰に巻き付ける。
セシルは、上階に行ったまま降りては来なかった。夜も更け、段々と城の様子も気に掛かってくる。
(私が居なくなったことに、リュネットは気が付いたかしら? そしたら、お父様やお母様も、きっと凄く心配しているはず……大事になっていないと良いんだけど)
じっとしていると、不安ばかりが募る。エステラは気を取り直して、辺りを見回した。ぼんやりとした明かりが眩しく見えるほどに、暗がりに目が慣れてきた。人様の家で大きくは動けないが――『気兼ねなくお過ごしください』という彼の言葉を信じて、自分に出来ることをすることにした。
◇◇◇
ヨルの熱は、程なくして落ち着いた。獣人の血が流れている彼の回復力は人のそれより高い。明日には、いつも通り元気な姿を見られるだろう。
セシルは、ヨルの様子に少なからず安堵し、その額の汗を拭って布団を掛け直してやる。
大蛇型の魔獣セリペントスの毒は、本来であれば十数分で体の隅々まで行き渡り、神経を麻痺させて死に至らしめる。腕を切り落としたところで、助かる確率は五分五分だった。けれど、今こうして安らかに寝息を立てているのを見るに――もう心配はなさそうだ。
(妖精の祝福『毒への耐性』……か。あんなに簡単に譲り渡すとは……もしかして、彼女は気が付いていないのだろうか?)
脳裏に思い浮かぶのは、清流のような白銀色の髪と不思議に煌めく淡藤色の大きな瞳。
人間離れした美しい容姿。
魔力や〝妖精の祝福〟は、持ち主の髪や瞳に色として現れる。力が強いほどに色素が薄く白に近付き、輝きも強くなる。危機に瀕した際も、魔法を使う様子は無かった。ならば、あれほどまでに強い祝福を持つのは、この辺りではただ一人。
(最後にお見かけしたのは……彼女が十歳くらいの頃のことだろうか。ヨルと同じくらいか)
面識はないが、旧王城に潜入した際、偶然見かけたことがある。その頃は、ただの愛らしい普通の王女だった。両親の愛情を一身に受け、明るく微笑んでいた。
しかし、今夜出会った彼女は、随分と疲れ切った顔をしていた。一国の王女とは思えぬほどに。
着替えさせたヨルの服や汚れたマントを処理する為、それらを一纏めにして小脇に抱える。階段を降りると、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。
キッチンに目を向ければ、件の彼女が料理をしていた。
「あ……、おかえりなさい」
流石にサイズが違いすぎたようで、手足の裾を大きく折って、腰には採寸用のメジャーを巻き付けている。その姿があまりにも愛らしく、ついくすりと、笑みが零れそうになる。
「あの、彼は……ヨルくんは、どうなりましたでしょうか?」
おずおずと不安げに近付き首を傾げるエステラは、小さな生き物のようだ。
「……大丈夫です。ようやく熱も下がり始めて、今は眠っています。料理を、してくださっていたのですか?」
「あ、はい。勝手にすみません。お芋と香草のスープを作りました。パンをちぎって入れれば、パン粥になります。ヨルくんが目を覚ましたら、食べるかなと思って……コードウェインさんも、お召し上がりになりますか?」
「セシルと呼んでください。ありがとうございます。実は腹ペコだったのです」
安堵したり、喜んだり――エステラは素直に表情を変える。その表情は、確かに幼い頃の面影がある。セシルは、そんな彼女の後姿を見送りながら、手に抱えていた物を片付け席に着くと、部屋の至るところが綺麗になっていることにも気が付いた。物の配置自体は大きく変わっていないが、きちんと積み重ねられ、埃や塵がなくなっている。流し台の脇に掃除道具一式を置いていたことを思い出し――彼女がこの数時間をどう過ごしていたのかを悟る。
(……随分と自然に、料理や掃除をするんだな……)
ほどなくして、目の前に温かいスープが置かれる。隣にはパンが。
ヨルとは違い、セシルは体調を崩していないのでこのような形にしたのだろう。
しかし、いつまでたっても彼女の分が並べられない。それどころか、盆を胸に抱えたまま席につこうともしない。そしてそのことが、とても自然なことのように微笑んでいる。
「あなた様はお召し上がりにならないのですか?」
「え、あ……えっと……」
遠慮がちに戸惑う彼女に、セシルは目の前の席を進める。
「よければぜひご一緒に。一人では味気ありませんので」
そこまで言えば、彼女は自分の分のスープを持って席に着く。彼女が「いただきます」と丁寧に手を合わせるので、セシルもそれに倣った。スープを一口含み、動きを止める。
「……セラフィルムの草を使われたのですか?」
「はい。先日、ちょうどこの香草を使ったレシピを……料理人の方に、お伺いしたので。葉っぱの形が特徴的で直ぐにわかりました」
「そうですか……料理は、よくなさるのですか?」
「えっと……少し、前までは……」
この短時間で、ごく限られた食材で料理人顔負けの料理を作る彼女。違和感は、募るばかりだ。どうしたものかと悩んでいると、彼女の方から声が掛かる。
「お口に、合いましたでしょうか?」
彼女は、不安げに尋ねる。
この百年。妖精の力に翻弄され、長い時を一人生きてきた。
彼らの思惑通りに動くのは些か癪だが――目の前の彼女に敵意はない。
それに、彼らには多少の恩も、贖罪の気持ちもある。
「……はい。とても美味しくて、驚きました」
エステラが、「良かった」と綻ぶような笑顔を見せる。セシルは、諸々の想いをかみ砕き、ただ静かに温かい食事を享受した。
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