あと一回弾きたい!

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「ちょっと怜さん! この電子ピアノ、何かすごくない!?」  恋人が大きな瞳を更に丸くさせ、珍しく興奮状態に陥っている。  鍵盤の上に配置されている多数の音色ボタンやスイッチを、しげしげと見つめている彼女が好奇心の塊と化した。 「すげぇよな。電子ピアノもここまで来たかって感じだろ?」  新しいおもちゃを買ってもらったように、奏は瞳をキラキラさせた後、いたずらっぽい笑みを浮かばせながら俺を見つめた。 「ねぇ怜さん、この電子ピアノ…………今弾いてもいい?」  奏が甘い声色で言いながら縋るような視線を俺に這わせる。  そんな表情を向けられてお願いされると、俺も『ああ、思う存分弾くといい』って言いたくなってしまうが、今日は俺の部屋でお泊まりデート。  それに明日の十五時は、結婚の挨拶と同棲の許可を得るために奏の自宅へ行くのだ。 「なぁ奏。せっかくお泊まりで俺の部屋に来たんだからさ、せめて今夜は二人でゆっくり過ごして、明日の午前中に弾いたらどうだ?」 「ぬぅ……」  残念そうな表情で頬を膨らませる彼女が、トボトボと歩きながら俺の横に腰掛けた。  奏の黒髪を撫でながら、膨れっ面していても可愛いと思ってしまう俺は重症、いや、末期なのだろう。  その後、二人でDVDを観た後、ベッドルームで甘美な時間を過ごしていたのだが……。 ****  翌朝、目が覚めると、隣に感じる温もりが消えている事に気付いた俺。 「奏……?」  ヘッドレストに置いてある時計を見ると、既に午前九時を回っていた。  眠い目を軽く擦った後、寝癖が付いた髪を掻き上げながら起き上がると、彼女が寝ていた場所のシーツは既に冷たい。  後頭部を軽く掻きつつ俺はベッドから抜け出し、寝室を後にすると、廊下から微かにピアノの音色が聴こえてきた。
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