あと一回弾きたい!

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 リビングのドアを開けると、彼女は既にワンピーススーツに身を包み、ヘアメイクも完璧、『あとはもう出かけるだけ!』と言わんばかりの状態で、電子ピアノと戯れている。 (よっぽど弾きたかったんだな……)  頭の中が半覚醒状態のまま笑みを滲ませ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、グビグビと流し込んでいると、奏が俺の気配に気付いた。 「怜さん、おはよう。早速弾かせてもらってるよ!」 「おはよう。もう出かける準備を済ませてたんだな」 「だって、その方が出かけるギリギリまで弾けるでしょ?」  奏がニッコリ笑った後、再び電子ピアノと向き合う。  何を思ったのか、彼女が弾き始めたのは『猫ふんじゃった』。 (奏のために買った電子ピアノだし、思う存分弾かせてあげるか……)  俺は半ば呆れつつも、彼女の背中を見やりながらソファーに身を委ねた。 ****  奏が弾いている、というよりも遊んでいる音を耳にしながら、俺はソファーの上でうたた寝してたようだった。  目覚めて時計へ視線を向けると、もうすぐ十三時になろうとしていた。 「ヤベっ……」  俺は慌てて起き上がると、奏はまだ電子ピアノで遊んでいる、というより演奏している。  今、演奏しているのは、どこかで聴いた事のある有名なピアノ曲だが、タイトルが思い浮かばない。  俺が準備している間でも、彼女は電子ピアノに夢中になっているだろうが、念のため声をかけた。 「奏。ちょっと準備してくるから待っててくれ」 「……は〜い」  彼女の生返事を聞き、やれやれ、と思いつつ、その間に俺は自分の身支度を整えるために、バスルームへ向かった。
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