薬師ヴォルフィの理想と現実・その6

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 どうしてこのタイミングなんだろう。ヴォルフィは非常につらい気持ちになった。  いつもより二日早くリリスが訪れた。明後日一緒に祭に行きたいから明日泊まりに来てもいいかという、魅惑の誘いを告げに。  無茶な納期である上に、がんばって作ってもほとんど廃棄される解毒剤。  恋焦がれているリリスからの初めての誘い。  正直、仕事なんか投げ出してリリスと楽しい時間を過ごしたい、とヴォルフィは思った。  ずっと頭を下げ続けていたディーノの姿がヴォルフィの脳裏をかすめる。他の薬師は全滅だから、ヴォルフィが仕事を投げたらおしまいなのだ。  ヴォルフィはリリスの姿をもう一度見る。普段は自分から動かない彼女が誘ってくれた。これを断ったら誘ってくれることなんて二度とないだろう。そんなことは気配でわかる。  わかっているが、ディーノはヴォルフィが困っていた時に仕事をくれたのだ。助けてくれた友との約束を反故にしていいのか?  相手が誰であれ、先にしていた約束を果たさずに、リリスと楽しい時間を過ごせるか?  ヴォルフィの性格では、罪悪感で全然楽しめないことが目に見えている。 「…………その、本当に申し訳ないんですけど……。明後日の夜、いつも通り来ていただくのは大丈夫なので」  ヴォルフィが断腸の思いでリリスの誘いを断ると、彼女は静かに店を出て行った。
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