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薬師ヴォルフィの理想と現実・その7
金曜の夕方近く、仮眠を取っていたヴォルフィの耳に、容赦なく扉を叩く音が響いた。ディーノだ。
「ヴォルフィ、お前すげえな! 注文した量、ちゃんと全部できてる!」
「……もうこんな無茶な依頼、絶対に請けないからね」
「もうこんなことはないように重々伝える。代金は交渉中だから後日でいいか?」
「それはどうでもいいけど……」
「金は大事だろ。しっかし、責任感強いよな、お前。できてなくても上司にはやっぱり無理でしたって返そうと思ってたのに」
ディーノがさらりと言うので、ヴォルフィは思わず食って掛かった。
「何言ってんだよ! 僕がどれだけ必死に作ったと思って……!」
「いや、だって、量といい期日といい、普通に無茶な案件だし。……ヴォルフィ?」
「せっかくの誘い、断ったのに……」
「例の攻めあぐねてた子?」
「……うん」
「まあ、これで駄目だったとしても、所詮その程度の縁だったんだって! 女は星の数ほどいるし!」
いかにも感性が人外。普段だったら聞き流せるディーノの軽口を、今日のヴォルフィはちょっと流せそうになかった。
「帰って」
「ん?」
「頼まれた解毒剤は渡したから。僕は疲れてるから、もう寝る」
ディーノにやりきれない感情をぶつけたところで何も変わらないし、これ以上気力も体力も使いたくない。そんな風に思ったヴォルフィは、一番労力を使わずに済む方法を取った。つまり、ディーノを店から追い出したのである。
絶対に守らなければならないと思っていた約束を、相手はそこまで重大に捉えておらず、律儀に守った自分が馬鹿みたいに思えてしまう。そういうことはある。
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