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「ああ、これは。青インクが取れないなら、似た色で刺繍をしてしまえばいいかなと思って。ヴォルフィさんの頭文字のWを刺していました」
「どうします? 今日全部刺し終えるまで待っていても、明日続きを刺していただいても、僕はどちらでもいいです」
いつもならヴォルフィが部屋に戻ってきたら、すぐに始めてしまうところだ。でもリリスの刺繍はちょうど佳境に入ったところだった。
「……仕上げてもいいですか?」
「もちろん」
しばらくリリスは黙々と刺し続け、ポケットの裏で玉結びをし、糸を切った。
「……どうですか?」
「わあ……! すごく素敵です! 最初からこういうデザインだったみたいですね!」
「気に入ってくださったならよかったです」
白いシャツの胸ポケットに滲んだ青インクを隠すために、リリスはWの文字と店の看板の意匠である花を刺した。ヴォルフィはいつも感じがいいけれど、今は声がとても嬉しそうで、お世辞ではなく本気で喜んでくれている、とリリスは思った。
「僕の一番好きな色なんです。空みたいに澄んだ青。さすがにうっかり白いシャツにつけちゃった時はどうしようかと思ったんですけど……」
「ヴォルフィさんもそういう失敗、するんですね」
「しますよ。調剤は計量に神経を使いますし、失敗が許されないです。だから疲れちゃって、普段は割と大雑把です」
「これくらいのことでしたら私でもできますから、また何かあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます。とても助かります」
リリスは自分がヴォルフィの役に立てたことと、彼の意外と人間らしい一面を知ったことを、とても嬉しく思った。
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