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「月が綺麗ですね」
声がする方を見ると、仕立てのよいスーツを纏った金髪の青年が立っていた。彼はリリスに笑顔を向けて話を続ける。
「お一人ですか?」
「……はい」
「それは奇遇だ。僕も約束をすっぽかされてしまって、仕方がないから帰ろうかと思っていたところなんです。食事でも一緒にいかがですか?」
青年は端整な顔立ちをしていた。少し線の細い体型で、物腰がやわらかく、舞台俳優のようによく通る甘い声。王都に来る前のリリスならば好きになってしまったかもしれない。だが、リリスは既にヴォルフィと出会ってしまっていた。
「いえ、私は……」
「一人で食事をするのが寂しくて。人助けをすると思って、ぜひ」
浮かべる微笑みも優しげだ。リリスがどう断ろうか戸惑って何も言えずにいると、青年はすっとリリスの手を取り、さりげなく繁華街の方へと進んでいった。青年は強引なのに動きが優雅で滑らかだからか、リリスはあたかも自分の意志で決めたように思わされてしまう。
リリスはぼんやり考える。「ヴォルフィがこんな風に手を取ってくれたら、喜んでついていったのに」と。青年はおそらく自分の好みの範疇なのだろうとリリスは思う。優しいけれど今一つ気持ちが見えなかったヴォルフィと違い、わかりやすく求められている。
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