薬師ヴォルフィの理想と現実・その1

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「いらっしゃい、ませ」 「ちょうどいいところに薬局があって助かった。お兄さん、傷薬ある?」  声の主は警邏隊の制服を着た体格のいい男だった。顔は人間だが、茶色い大きな垂れた耳とふさふさのしっぽがある。おそらく犬の獣人だろう。彼は左の肘から血を流していた。 「どうぞおかけください。すぐに消毒します」  ヴォルフィは椅子を勧めると、店の奥へ消毒のための道具と薬を取りに行く。  制服の袖をめくってもらうと、思っていたよりも傷は広範囲だった。ただ、やや流血は多いものの擦過傷で、縫うほどの深さではない。ヴォルフィは綺麗な水で汚れを丁寧に流し、消毒をし、軟膏を薄く塗り、綿紗(ガーゼ)を当て、包帯を巻いた。 「今まで薬を飲んで痒くなったり気分が悪くなったりしたことはありますか?」 「いや、ない」  ヴォルフィはもう一度店の奥に入ると、水が入ったコップと粉薬を一包、盆に乗せて戻ってきた。 「化膿止めです。どうぞ」 「ありがとう。……うわ、苦っ!」 「仕方ないんですよ。薬を小腸で吸収させるために溶けにくい苦い物質を使うことになりますし、舌の味覚神経を刺激して唾液や胃の分泌を」 「いや、そういうのはいい」  警邏隊の獣人の言葉にヴォルフィは説明をやめる。丁寧に説明するのが親切かと思い、つい喋りすぎてしまった。
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