薬師ヴォルフィの理想と現実・その3

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 もう地道に一人で薬局をやっていこう。そう思っていたある日、ヴォルフィに転機が訪れた。 「あの……手の荒れがひどいので、痛痒さと汁と血に効く塗り薬が欲しいのです」  可愛らしい声の主を見て、ヴォルフィは驚愕した。華奢で小柄な身体。綺麗に波打つ金髪。やや儚さを感じさせる抜けるように白い肌。艶やかな桃色の唇。そして、長い睫毛に縁どられた空のように澄んだ青い瞳。ヴォルフィの好みを全て集めて具現化したような女の子が店にやってきたのである。  店の奥にステレラの皮膚薬を取りに行ったついでに、ヴォルフィはまず深呼吸をした。夢だろうか。いや、まだそんな時間ではない。これは現実だ。落ち着け、とにかく落ち着け。ヴォルフィは自分にそう言い聞かせる。  ヴォルフィは普段からお客様には踏み込みすぎないように一線を引いていて、特に女性には極力ふれないように心掛けている。嫌な印象を与えたくないからである。祖父から商売の心得として「信頼はすぐに得られなくても仕方がない。だが、不信感を抱かせないような行動はとれる。まだあまり関わりを持ったことのない方にこそ、その点を留意するようにしなさい」と教えられた。  皮膚薬を試してもらう際、目の前の可憐な女の子に絶対に接触しないよう、ヴォルフィは細心の注意を払った。いつもとは意味合いが少し違う。うっかりふれてしまったら、もっとさわりたい衝動に勝てそうにないと思ったのだ。
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